📘 G.N.S.[3-2] 波動論者は笑う[前]

夢だった。僕は夢を見ていた。結局のところ、そういうことなのだろう。あの時、目が覚めたと思って

いたけれど、実際には寝ぼけたまま、半分夢を見続けていたのだろう。なに、珍しいことじゃない。時

として夢は、現実以上にリアルに振る舞い、自らの心を揺さぶることだってある。今回もたまたまそう

だっただけ。加賀美先輩の捜索の件が、いつの間にか頭の中を支配していたのだろう。それがあのよう

な夢を見させた。それだけのことなのだ。

頬をつねってみる。痛い。今は、現実の中にいる。どこまでが夢だった？さゆきの肩を揺すった辺りま

でが、全部夢だったんだろう。さゆきが、あんな言葉を呟くわけがない。加賀美先輩の名前を、知って

るはずがないのだ。僕らはある日偶然街で出会っただけで、さゆきは高校も大学も僕とは別のところに

いて、加賀美先輩との接点なんて、これっぽちもないはずなのだ。――そう、信じていた。

何を考えている？疑っているのか？彼女のことを？彼女の何を？

ふう、とため息をついた。どうせ夢だ。忘れてしまえ。僕はベランダから部屋の中に入る。秋の涼しい

風が吹く部屋の内外は、少しだけ寒い。窓を閉めて、さゆきの寝ている布団を見下ろす。僕も寝よう。

馬鹿な考えはよして、とっとと全てを忘れればいい。

布団を敷いて、着替えもせずに潜り込もうとした時、携帯電話が服の中で振動する。

何だよ、こんな時に……そうは思ったが、とりあえず、発信先の表示も見ずに、電話に出る。

息を切らすみたいにまくしたててきたのは、よく知る宮田の声だった。

「おい……今の見たか？……見ただろ？……テレビに、加賀美先輩が映ってただろ！？」

僕の信じていた現実は、今度こそぶち壊しにされてしまったのだった。

 

目覚めると、さゆきの姿は部屋になかった。代わりに、テーブルの上には、すっかり冷めた朝ごはんが

ある。さゆきが作ったものだろう。彼女は、よくこうやってご飯の世話をしてくれる。みんなラップに

包まれていて、温めて食べれるようになっている。だけど、どうもそれらの料理は、作られてから相当

時間が経っているように見えた。ふと、時計を見ると、11時も間近といったところだった。

「やば……」思わず言葉が漏れる。だけど一体何がヤバイと言うんだ？

昨晩は、案の定、中々寝付けなかった。宮田からの電話を聞いて、僕は茫然自失もいいところだった。

適当に相槌を打って、とりあえず詳しい話はまた明日にでも……ということになったのだ。何も考えら

れなった。あるいは、何かに思考が囚われ続けていた。何か酷くおぞましいことを考えたような気もす

るし、何か凄く綺麗なことを考えたりしたような気もした。それでも朝は来る。あけ方にもなるころに

は、僕はいつの間にか眠りについていて、寝ぼけたままの頭には、昨晩考えたであろう、さゆきへの猜

疑心や、それを打ち消すような屁理屈の数々も、ほとんど忘れられていたのだ。それを思い出さないよ

うに、とりあえず朝ごはんを温めて食べる。テーブルの脇には一枚の紙。

「中々起きないので、わたしは大学に行きます。朝ごはんは温めて食べてね。　さゆき」

失いたくないと思った。

 

それから、大学に行って、午後の講義だけ取って、夕方の時間帯は空いているファミレスに入り、ドリ

ンクバー一つでレポートを仕上げるまで粘った。別に家の中でも出来るし、ドリンクバー一つの値段だ

けでも、一人暮らしの学生には決して安いものではない。それでも、あまり家に帰りたくはなかった。

自分以外の誰かがいる中でなら、余計なことは考えないで済む。

そうやって人の中にいれば、嫌でも人々の話す声が聞こえてきたりもする。いつもは、とりとめのない

話題しか聞こえてこない。だけど、今日は違った。大学でも、ファミレスでも、街中でも、テレビのキ

ャスターさえも。みんながみんな、同じ話題を語っているのだ。原因は勿論知っている。

宮田と連絡を取り、翌日に、僕と、宮田と、雨笠先輩の三人で顔を合わせて、話を交えることに決めた

。

 

「ここ、お気に入りの店なのよ」

閑静な住宅街の外れに、ポツンとたたずむ小さな喫茶店。ともすれば、民家と間違えて素通りしてしま

いそうな、ごく自然なたたずまいの店だった。

「ファミレスとかだと、うるさくてゆっくり話せないでしょ」

雨笠先輩は、ほとんど客の入っていない店内の、一段段差があるその奥のテーブルを示し、座ることを

促せた。

「咲江ちゃん、結構ショック受けてたみたいね」

「そうでしょうね……」

雨笠先輩の言に、宮田は深く頷いた。いつものおちゃらけたオーバーアクションではない。心底同意し

ている風に、相槌を打つ。

「行方不明だったお姉さんが、テレビの放送を乗っ取って、世界の終わりを勧告した……」

僕はため息をつくしかなかった。勿論、いま僕が言ったこと以上に、問題は深刻なものなのだ。

「とりあえず、あれから新聞やニュース、ネットの書き込みや海外のサイトまであさってみたけど」

雨笠先輩は、手提げバッグからルーズリーフを取り出し、眺めながら続ける。中身には、プリントアウ

トされたサイトや新聞の切り抜き、手書きのメモがびっしりと書かれているようだ。

「恐ろしいことは色々とあるけど……まず、この事件が、全世界で一斉に起こったということね。アメ

リカやヨーロッパは勿論、アジア、南米、アフリカ、各地の発展途上国、とにかく地球上の全ての国で

、大体同じ時間にメッセージが流れたと」

「テレビはその話題で持ちきりでしたね……」宮田は、力なく答える。

「そう。インターネットの書き込みではね、最初のうちは、全国のテレビの放送波がジャックされたと

いうことで騒ぎになっていた。だけど、みんなすぐにその事実に気付いた」

当然の流れだった。日本では、あの時間帯にテレビを見ていたものはそれなりに多く、彼らが真っ先に

思い至ったのは、電波ジャックという事件。テレビ局にも問い合わせが殺到したらしい。だが、問題は

そんなものではなかったことも、すぐに明かされる。

「テレビどころか、ラジオすらないような国でも、メッセージが伝えられた。そんなことがあり得るわ

けがない。世界中の全人類、全ての人種、全ての言語で、どんな情報網も無視して、『世界の終わり』

が勧告された……そういうことですね」

宮田の言葉に、雨笠先輩は頷く。

「昨日のうちには、世界中の国で調査が行われたみたいね。そうすると、調査対象となった人たちは、

一様に言ったらしいわ。ある人は、見たいたテレビが突然砂嵐になって、“メッセンジャー”が現れた

。ある人は、部屋の鏡や、近くの水面にそれを見た。あるいは、夢の中にあらわれて、すぐに目覚めて

、夢のはずなのにはっきりとその言葉を覚えていた。目が見えない人でも、その人の姿がイメージとし

て浮かび、どこからかはっきりと声が聞こえた……サンプルとなった人がほとんど全て言ったのよ。わ

たしたちが聞いた言葉とほぼ同じ。違いは、言語によるものとか、その程度のことで、内容は全て同じ

。『世界の終わり』を示唆する、謎のメッセージ」

「それを、加賀美先輩が伝えた……」

宮田の呟きに、雨笠先輩は首を振る。

「それはどうかな。確かに、わたしたち三人と、咲江ちゃんやその家族は、香苗の姿を見たみたいだけ

ど……」

「ええ、はっきりと見ましたよ。あれは間違いなく加賀美先輩の姿で、声だった。そうだろ？修」

頷くしかなかった。それは間違いようのない事実だ。夢だと思いたかった。だけどもう逃げられない。

あの時、僕は加賀美先輩の姿を見た。それは否定しようがない。

「確かに、僕も見た。あれはどう見ても、加賀美先輩だった……でも、“メッセンジャー”の姿は、見

る者によって姿を変えたって……そんな話だったはずだ」

雨笠先輩が頷く。

「世界中で、ほとんど誰もが“メッセンジャー”を見て、その終末勧告を受けたけど……それを伝える

“メッセンジャー”は、見た人によってまちまちだったらしいわね。ある人は、初老の老人を見た。あ

る人は、若い男を見た。ある人は、熟年の女を見た。少年を、少女を見た。白人の人は白人の“メッセ

ンジャー”を見ることが多かったし、黒人の人は黒人の“メッセンジャー”を見ることが多かったらし

いわね。人種も年齢も性別も、全て人によって変わっている。だけど、同じ顔を複数の人が見たってこ

とはそれなりに多いらしいわ。特に、家族の間では、同じ顔の“メッセンジャー”を見たケースが多い

って」

「そして、僕たちは加賀美先輩の顔を見た……」

不可解な現象だ。あまりにも理解の範疇を超えていて、つい、低い唸りを上げてしまう。

宮田は言う。

「つまり、加賀美先輩は生きていたってことじゃないのか？先輩がどんな手を使ったかは知らないけど

、そう……例えば、どこかの組織が、テレパシーを実現する装置でも作って、世界中に同じメッセージ

を発信した。そのメッセージを読み上げるアナウンサーがたくさん雇われていて、そのうちの一人が加

賀美先輩だったんだ、だから……」

「それだったら」雨笠先輩が割り込み、ぴしゃりと言った。「香苗はすでに死んでいて、その霊魂が語

りかけてきたと言うほうが、まだ納得出来ると思う」

「いや、でも……」

宮田は黙りこむ。僕も、雨笠先輩もだ。僕らは視線をさまよわせながら、ため息をつくしかできない。

昨日からずっと……いや、一昨日の夜からそうだったのだろう。世間は、この話題で持ちきりだったの

だ。世界中の人間に対し、理不尽なことに、『世界の終わり』が突きつけられた。大半の人間はそれを

信じちゃいないだろうが、ニュースや新聞は面白がってこぞってこの話題を取り上げたのだ。『緊急速

報・はたして世界の終わりは訪れるのか』『謎のメッセージ・犯人は宇宙人か？』……そんなニュース

特番や、新聞の見出しが踊り狂っていたのだ。どこに行っても、この話が人々の噂の種になっているの

だ。世間には、まだ実質的な問題を感じている者は少ないように見えるが、僕たちの場合は少し事情が

違う。多くの人々が見た“メッセンジャー”は、まるで見も知らない赤の他人だったらしいが、僕たち

は、よく知っている者の顔を確かに見たのだ。いつか僕らが慕い、いつか僕らが失った、大切な者の顔

を……

「本当に、この世界に終わりが訪れると思いますか？」

思わず口をついて出た言葉だった。そう、今回の件で色々な問題がある中で、それは核心となることの

一つでもあった。そんなの考えたくもなかったことだ。だけど、無視できないことでもあった。

「香苗が……」雨笠先輩は、メガネをクイッと上げ直し、沈んだ目で言葉を紡いだ。「香苗が、冗談や

自分の利害程度のことで……あんなことを言うとは思えないわね……」

宮田も内心そう思っていたようで、

「やっぱり……本当に、この世界が終ってしまうと……？」

「馬鹿」

雨笠先輩は、宮田の頭をパンと叩く。そして、強い口調で言った。

「そんなわけないでしょ。そう簡単に世界が終わってたまるもんですか」

「え、でも……加賀美先輩が嘘を言ってるわけじゃないって」

宮田の言葉に、僕は切り込んだ。

「だったら、あれは加賀美先輩じゃなかった。……そういうことですよね」

「そうよ。わたしたちが探していた香苗があんなところでいきなりしゃしゃり出てくるなんて、はいそ

うですか、と受け入れられるわけがないでしょ？」

僕らの言葉に、宮田は疑問を浮かべた様子だった。

「でも……本当に加賀美先輩にしか見えなかったじゃないですか。もしあれが偽物とか言うのなら、そ

れって一体なんだって言うんですか」

雨笠先輩はふふんと息を鳴らした。

「偽物、とは言えないかもしれないわ」

「え？今、加賀美先輩じゃないって言ったじゃないですかあ」

宮田の疑問ももっともだ。

「どういうことです？」

僕らの問いかけに、雨笠先輩はキッとした目線を向ける。

「あなたたち、あの時の“メッセンジャー”の言葉ははっきりと覚えているでしょ？もしかしたら、忘

れようとしても忘れられない、っていう仕組みになってるのかしらね。……まあそれは置いといて。彼

女は、こう言っていたわね。『私は直接、あなたたちの精神に語りかけています。私の送りこんだ情報

は、あなたたちの脳内で言語やビジョンとして再結線され、私そのものを具現化しています』……こん

な感じだったでしょう？つまり、あの姿や声は、本質ではなかったのよ。送りこまれたという『情報』

が、全ての核だったの」

「えーと……いや、全くわかんないです。どういうことですか、雨笠先輩……」

「全く、宮田くんときたら……笹森君、あなたはわかってる？」

話を振られたが、僕にはなんとなく雨笠先輩の言わんとしていることが分かるような気がしてきた。

「つまり……僕たちは、頭の中に直接、姿も声もない、ただの『情報』を送りこまれた……それで、僕

らの頭の中で、勝手にその『情報』に、姿や声が肉付けされて、受け入れられた……だから、僕らがそ

の『情報』に加賀美先輩の姿を見出したのは、僕らがそう望んだからであって、勝手に加賀美先輩の姿

を重ね合わせてしまっていただけだ、と……そんなところなのかな」

雨笠先輩は拍手をした。

「大正解」

別に大したことではないような気もするが、宮田はまだよくわかってないらしく、難しい顔をして、頭

をかいている。

「うーんと、つまり……俺たちが勝手に想像しただけ、ってこと？加賀美先輩の姿を？」

「まあ、そういうことになるわね。でも、それを生み出すのは、必然的な何かがあったはずよ。それは

、私たちが香苗を探すことで、香苗のことで心のどこかを無意識のうちに支配されてしまっていたから

……そんなところでしょ。実際、死別した昔の知り合いの顔なんかを“メッセンジャー”に見出してい

たという人の話もあるみたいよ。それと同じなんじゃないかな。まあ強引なんだけど、それが一番納得

できる」

「でも、そこで終わりってわけにはいきませんね」

僕は言った。そう、加賀美先輩の姿が見えたのが、問題じゃなかったとしても……もっと大きな問題が

ある。

「そもそも、そんな風に僕らの脳内に直接『情報』を送りこんで、無意識に誰かの姿を感覚に認識させ

てしまう……そんなこと超常的な現象を、この世界の誰が起こせるというんですか」

雨笠先輩は頷く。

「そうね……それはもっともな疑問だわ」

宮田も、疑問をまくしたてる。

「確かに、加賀美先輩のことが解決したとしても、そっちのほうが問題じゃないですか。だって、全世

界の人がメッセージを聞いたんでしょ？」

「ええ。身体機能の欠損によって、他人とコミュニケーションが取れない人や、重度の精神疾患を患っ

ていて、話を聞くことの出来ない人達……そういった人に関してはわからないけど、少なくとも、そう

じゃない人に関しては、世界中の全ての人がメッセージを聞いたらしいわ。勿論世界の全人口分を調査

したわけじゃないんだけどね。今のところは、全ての人がメッセージを受け取ったとデータが出てる」

「世界中の人間に、そんなテレパシーのように脳内に直接情報を送り込む……そんなこと、誰にだって

出来るはずがないですよ」

僕は言ったが、実際に起こり得ないはずのことが起こっているのだ。今回の件だけじゃなく、加賀美先

輩の墓……思えば、不可解にもほどがある出来ごとに悩まされている。『起こり得ない』ということに

対し、自信が無くなっていることは自覚していた。

「出来るかどうかはわからない、かな……少なくとも、地球上の科学技術において、そんなことが出来

るはずがないのは明白よね……」

雨笠先輩の言葉に、宮田は即座に反応する。

「じゃあ宇宙人とか？」

「宮田、それは安直すぎるんじゃないか」

いさめる言葉をかけたつもりだったが、

「いいえ笹森君、案外間違ってないかもしれないわ」

そう雨笠先輩は言った。

「だって、それ以外に現実的な可能性なんてあると思う？霊魂の世界からこんにちは、とかでもない限

り、もう地球上に今回の件を解き明かす手掛かりなんてないんじゃない？それに、“メッセンジャー”

は言ってたよね。『あなたたちの住む惑星は』とか、『あなたたちの住む銀河系は』って……これって

、“メッセンジャー”が地球の外にいる存在だって言うことを示してるんじゃないかな？」

言われて見れば、その通りだ。

「だけど、確たる証拠はないじゃないですか。ただそういうメッセージだっただけかもしれないし……

」

雨笠先輩は認める。

「そうね……本当に宇宙人が存在し、私たち人類の全てに、世界の終わりを勧告する……考えるだにゾ

ッとする話だね。確かなことがあるとすれば、わたしたちが不可解な現象に巻き込まれているというこ

とだけね」

「でも、なんかおかしくないですか」

宮田は、真剣な顔で何か言いだした。

「ん？宮田君、どういうこと？」　

「加賀美先輩の経歴に関してですよ。実は８年前に死んでいたとか、そのあとも存在し続けたとか……

アレだって、物凄く不可解な現象だと思うんですよ。そして、俺たちはまた、新たな不可解な現象に襲

われた。そこで俺たちは加賀美先輩の姿を見た……これって本当に偶然なんでしょうか？」

雨笠先輩は、うーんと低いうなり声を上げる。

「確かに、宮田君の言うとおりね。いくら無意識の結線が張られていたと言ったところで……私たち３

人に、咲江ちゃん家族……人によって姿を変える“メッセンジャー”に対して、揃って香苗の姿を見出

した……偶然じゃないような気はしないでもないわね。でも、他に何があるというの……？」

その時、僕の中に何かが降りてきたような気がした。こんなわけのわからない現象を全て足蹴にして、

切って捨てることの出来そうな一手が。

「もしかしたら、全てを解決できるかもしれない」

「え？」

「は？どういうことだ、修」

聞き返す二人に対して、僕は言った。

「この前雨笠先輩は、３つの仮説なんて言ってたけど……４つ目があるじゃないですか。つまり……お

かしいのはこの世界の有り様ではなく、僕らのほうだったと」

「……私たちが？」

雨笠先輩は訝しげに聞き返した。

「そうです。考えてみれば、何にも証拠なんてないじゃないですか。本当に加賀美先輩は存在したんで

しょうか？本当は、加賀美先輩は８年前に亡くなっていた存在だったのかもしれない。全人類の頭の中

をいじくることは出来ないだろうけど、もしかしたら僕ら３人の頭の中くらいならいじくることも不可

能じゃないかもしれない」

「……俺たちの出会った加賀美先輩が、幻だったっていうのか？」

ポカンとした様子の宮田に、僕は言い返す。

「そうだよ。催眠術か何かでも可能かもしれない。難しいことじゃないんだ。僕らは、最初から夢を見

ていた。今だってそうなのかもしれない。世界に不可解な現象なんて起こってないかもしれない。僕た

ちの頭の中でだけ……いや、もういっそ、僕だけがおかしくなってしまったのかもな。あり得ない夢を

見続けている、狂ってしまった人間なのかもしれない。それ以外に、納得のいく説明なんて付けられな

いじゃないか……」

突然、ぐいと肩を掴まれた。雨笠先輩が、物凄い剣幕で僕を見つめる。

「馬鹿なこと言わないで笹森君、あなたは本当に自分が狂ってしまったと思っているの？私たちは、絶

対そんなこと思ってない。ここは現実よ。今のあなたは都合のいい理屈に逃げようとしてるだけ。現実

と戦わなきゃ……だから、お願いだからしっかりしてよ」

雨笠先輩は、つらそうに眼を閉じる。案外、彼女も僕と同じことを考えていたのかもしれないな、とな

んとなく思った。それでも、必死で耐えていただけなのだと……僕は酷く馬鹿なことを言ってしまった

、と今更気付いた。

宮田が背中をたたく。

「大丈夫だよ、修。俺たちはちゃんと眼を開けてる。根拠なんてないけどさ、絶対夢とか幻なんかじゃ

ないって。そうだろ」

確かに、宮田の言葉には根拠なんてなかった。けれど、他にどういう風に生きればいいというんだ？逃

げたって解決しない。現実とそうでないものを判別できないなら、それでも構わないのかもしれない。

とにかく、目の前の物事に、精一杯ぶつかっていくしかないんだ。大切なことを忘れかけていたことに

気付く。

「ごめん、宮田……雨笠先輩……馬鹿なこと言ってしまった」

「うん……」

宮田は頷く。

「もう一度、出来ることからやってみよう。それがどうなるかはわからないけど……」

雨笠先輩は、優しく僕を見つめ、微笑みながら言った。

「そうね。もう二度と変なこと言わないでよ。今度はぶん殴るからね」

「はは……それは勘弁してもらいたいです」

それから、雨笠先輩ははっとした様子で続ける。

「そう……そういえば、忘れかけちゃってたわ。この３人、今度の土曜日に駅で集合するわよ」

「え？どういうこと？」

宮田の言葉に、雨笠先輩は、ある大学の名前を教えた。県内のいくらか遠くにある大学だ。僕の大学と

も、さゆきの大学とも違う。確か、理工学系に強い校だったと記憶しているが、その大学の最寄り駅で

集合することになった。

「咲江ちゃんも来るはずよ」

その言葉に、宮田が反応する。

「え、もう話したんですか？」

「いえ、まだ落ち込んでるみたいだけど……まあ今度までには連れ出せると思う」

「で、その大学に何かあるんですか？」

宮田の言に、雨笠先輩は親指を立てる。

「こないだ言ったでしょ？例の『科学研究会』の一員。私と香苗の元同級生よ。連絡が取れたの」

 

翌日、僕とさゆきは、二人で連れだって街中を歩いていた。

「ねえ修くん、そろそろどこに行くか教えてくれてもいいんじゃない？」

僕の後ろに、ちょこちょことした足取りでついてくるさゆきも、いい加減しびれを切らしてきた。だけ

ど、こういう時に何故かいたずら心が芽生えてしまう。

「やだ。教えたくない」

「何それー！いきなり電話来たから大学もサボってついてきたのにー……」

さゆきはちょっと足を速めて、駆け寄ってくる。そろそろ前から覗き込んでくる頃合いかな、なんて思

ったけど、さゆきは僕のすぐ斜め後ろで歩みを止める。

「あれ、もしかしてここら辺って……」

何かに気付いた様子で漏らす。僕は歩みを止めず、先を歩いていく。

「もうすぐ着くよ」

そういう僕に、さゆきはまたついて歩き出す。なんだか、一人で納得してるみたいだ。

「あー、そっか……そういうことなんだあ。フフフ、そっかそっか」

「なんだよ」

「うーん、なんでもない。フフフ、フー」

僕らがたどり着いた場所は、市街地の中に作られた公園だった。ほどほどの大きさを持つ公園の、ベン

チの前で歩みを止める。

「着いた」

僕が短く言うと、

「うん」

とこれまた短く返してくる。わずかな沈黙が、妙に心地よかった。ふー、と息をついて話し始める。

「懐かしいよな、この公園……」

「ぷっ、フフフ。やっぱりここに連れてくる気だったんだ」

「なんだよ、笑うなよお」

ちょっとムキになったふりをして、さゆきのほうに振り返る。彼女は本当におかしそうに笑ってた。

「懐かしいも何も、忘れるわけないじゃない。このベンチで修くん、眠ってたんだよね」

「む……、倒れてたんだ」

「酔いつぶれてね」

さゆきはおかしそうに、しかし無邪気な面持ちで笑う。

「忘れるわけないよ。二人の思い出の場所、だもんね」

あれは二年前の春だっただろうか。大学に入学したばかりのころだ。ピカピカの新入生だった僕は、見

事に学校の先輩たち、どこかのサークルの勧誘員さんたちに連れ回されて、しまいにはこの公園の近く

の居酒屋で酔いつぶれるまで酒を飲まされたのだ。

「飲酒は成年になってから、ってね」

僕が自嘲したように呟くと、さゆきはまた薄く笑った。そう、あの時見たままのあどけない笑顔だ。

酔いつぶれて、店の前で少し吐いて、もう足元がおぼつかないまま夜の街をさまよっていた僕は、近く

のこの公園を見つけて、手ごろなベンチに腰を下ろした。そして、上半身から倒れ込んで、そのままこ

の目の前のベンチで眠ってしまったのだ。春先の風はまだ寒く、しばらく眠っていた僕の体は冷え切っ

ていた。

「あの時、さゆきが起こしてくれなかったら、凍死してたかもな」

「じゃあ私、救世主さまだ」

「ははっ、アリガトウゴザイマス」

さゆきは僕の肩に、自分の上着を脱いでかけてくれた。そして、ゲロまみれの僕に肩を貸して、一緒に

近くのファミレスに入らせてくれた。ひとまず暖をとることはできたが、そのあとのさゆきの台詞が傑

作だった。

「ファミレスであんなに堂々と『水ください』なんていう人、初めて見た」

笑いながら僕が言うと、さゆきも照れたみたいに笑った。

「いいアイデアだったでしょ？『温めでお願いします』って」

「ホントいいアイデアだった」

思い出せば、ついつい笑いがこぼれる。なんてことないのかもしれないけど、僕にとってはとても強烈

な出会いだった。今思い起こせば、全て楽しい記憶だったんだ。

「あ、でも後でドリンクバーも頼んだしね」

さゆきは思い出したように言った。僕の中にも思い出がよみがえってくる。

「それ一つで何時間も粘ったんだけどね」

僕が言葉を補足すると、さゆきは「あはは」と笑った。そこまで言って、ひとつ思い出す。

「そういえば僕もこないだドリンクバーだけで何時間も粘った」

「そうなの？」

「レポート完成したよ。誰かに毒されたみたいだ」

「ひっどー」

「でも、毒されて良かったよ」

取り繕ったような言葉だけど、それは僕の本音だった。

「あの時、ここで出会えて良かった」

ザザア、と音がして、秋空に風が舞う。少しずつ舞い落ちていく木の葉の群れ。もうすぐ紅葉の季節や

ってきて、それも過ぎ去り、寒い冬がやってくる。そして、つらく厳しい季節が過ぎ去ったあとに、も

う一度木々は芽吹き、花は咲き乱れるのだろう。あの時、さゆきと出会ったあの季節のように……そう

やって季節はずっと巡りゆく。

……そうだ。今まで僕は、何の疑いもなくそう信じていた。

「あの時から僕らの季節が始まったんだな」

「わ、修くん詩人」

「そんな気分ー。あれ、そういえばあの時のお礼ってなんかしたっけ？」

「もらったよ。あの時のファミレスでもっかい会って、おごってもらった」

「そうだっけ」

「うん。それに、帰りがけに何かプレゼントの包みをもらった」

「そうだっけ？」

「そうだよー。ちょっと高いハンカチ。あ、今も持ってきてるよ」

「マジかよ！そんなに大切にしてたの」

「高級だしね」

「あ、そう……」

「それに、修くんからもらったし……」

「んー……」

顔が熱くなるのを感じた。さゆきの言葉は嬉しかったし、実のところ、こんなこと言ってても、僕はホ

ントはそのハンカチの件だって覚えていたのだ。当時、そのハンカチを渡せば、さゆきもちょっとだけ

負い目を感じて、もう一度会う機会になるかもしれない、なんて計算高いことを考えながらプレゼント

した、という事実すらも。とにかく、彼女のことが気になって仕方なかった。そうした努力は実を結び

、定期的に二人で会うようになったりした。だけど、こんな熱を入れてても、僕たちが付き合うことに

なったのは、さゆきの方からの愛の告白だったのだ。

「さゆきはさあ、どうして僕に告白してきたの？」

「どうしてって？好きだから……なんて、そういうことじゃないか」

「うん」

「あのね、最初見たときから、なんだか放っておけなかったんだよ」

放っておけなかった、か。どういう意味か、と少しだけ曲解してみる。

「僕って頼りない？」

「うん。ちょっとね」

「そ、そう……」

普通に返されて、少し、いや……かなりがっかりした。まあ、食事の世話や片付けまでお世話になって

たりしたのだから、しょうがないような気はするが。

「だからね、何とかしてもう一度会いたいなーって思ってたら、さっき言ったけどファミレスおごって

もらって、ハンカチもくれて。悪いなーってことを言い訳にして、もう一度、今度はこっちのおごりで

遊ぼうって言ったでしょ」

「うん」

「しいて言えば一目ぼれだったんじゃないかな。恋人になれば、もっと一緒にいられると思ったし、本

当にもっと一緒にいたかったんだ。大学も違うし、家もそこまで近いわけじゃないから、会う機会が凄

く欲しかったんだ。告白するときは、ホントにドキドキした」

そういうさゆきの顔は、少し照れて、嬉しそうで、本当に可愛かった。不意に、胸が高まり、一瞬だけ

視線を外して答える。

「そっか。なんだか、嬉しい……かな」

「修くんこそ、ホントにこんな私で良かったの？」

「うん……告白された時、凄く嬉しかったよ」

「でも、私、面と向かって『愛してる』って言ってもらった覚えがないんだけど」

「え……そうだっけ。好きだよ。さゆき。凄く好き」

「ぶーぶー、『愛してる』って言ってよ」

「恥ずかしいって……」

「ちえっ」

「ハハ……」

一瞬のしじまの中、彼女が少し眼をこちらに向け、すぐにそらすのが見えた、そして、もう一度こちら

を向き、話し始めた。来るべき話が来たのだ。

「修くんは……なんでいきなりここに連れてきたり、そんな話をしたりするの？いや別にいいんだけど

……その、いきなりだったからびっくりしちゃったかな、なんて」

思いがあふれて耐えきれなかった。僕がどんな言葉を浮かべたところで、きっと彼女を傷つけるような

ことしか言えないだろう。思いの奔流をせきとめようとしたけれど、それはやっぱり無理だった。愛し

い彼女だからこそ、その愛を確かめたくて仕方が無くなる。だけど、傷つけたくもない。どちらも本当

のことなんだ。

……気がつけば、僕は彼女の華奢な体を強く抱きしめていた。

「ちょっ……どうしたの……修くん……」

彼女は、ほんの少しの間抵抗するような素振りを見せたが、すぐに力を抜いた。そして、今度は自分か

ら僕の背中に手を回してきた。僕は、弱い。猜疑心に耐えきれなくなって、無理やり愛を確かめようと

している。だけど、彼女は、そんな僕を抱擁してくれた。

「震えてる……」

「え？」

言われて、僕は自分の体が震えていることに気付いた。いつの間にか、あまりにも情けない姿をさらし

ていたのだ。

「どうしたの？もしかして……あの、世界が終わりを迎えるってメッセージのこと？」

さゆきの言葉は、一見的外れなようで実に的を射ていた。

「大丈夫だよ……ね、例えば本当にこの世界が滅びたとしても……私は、私だけはずっと修くんのそば

にいるから」

「……本当に？」

我ながら間抜けな言葉だったが、なんだか、さゆきのその言葉一つで……何かがこみあげてきて、止ま

らなかった。ついに、言葉が堰を切ってあふれ出てしまう。さゆきの両肩を掴んで、向き合って話す。

「さゆきは、あのメッセージが聞こえた時……誰を見ていた？」

「う……んと、なんだか綺麗な女の子。長い黒髪をおろしてて、歳は私たちのちょっと下くらい……か

な？あの時は寝ぼけてて、よくは覚えてないけど……」

間違いないと思った。だけど、その反応は？

「加賀美香苗って知ってる？」

「え？誰のこと？……わかんないや」

「本当に、知らなかった？」

「うん……記憶にはないかな」

「そう……」

さゆきは、本当に知らないのだろうか？加賀美香苗のことを、何一つ知らないのだろうか？あの夜から

ずっと燻っている嫌な感情……“さゆきは、加賀美香苗のことを最初から知っていた。僕が加賀美香苗

の関係者だからこそ、何かの目的で僕に近づいたのだ”……飛躍している。馬鹿な考えだ。わかってい

ても、そんな嫌な思いが、どうしても拭えない。加賀美咲江を疑い、自分の正気を疑い、愛する恋人の

ことさえも、僕は疑うというのだろうか。さゆきは、僕のこの醜い姿に幻滅しているだろうか。いつの

間にか俯いていた顔を上げて、さゆきの顔を見た。

――微笑んでいたのだ。

「加賀美香苗って、誰のこと？もしかして、私が見た人と関係があるの？」

さゆきはいつもと変わらぬ笑顔で僕を射すくめる。僕の中の迷いが駆逐されていく。

「え……僕もたぶん、君と同じ人を見たんだ……それは、僕が高校の時の……先輩で……」

「何か、イヤなことがあったんだね」

「……うん……」

さゆきは、僕の頬に優しく手を載せてくれた。そして、それ以上は何も聞かないでいてくれた。優しさ

が溢れだす。彼女が、僕の前でくだらない嘘をついたことがあっただろうか。さゆきはいつも僕を見守

ってくれていた。そんな彼女を裏切ろうとしていた。そんな自分が嫌になる、だと？そんな自己憐憫の

道具に、さゆきを使っていた自分にも気付く。あまりにも、愚かだったのではないか。

「あ……」

さゆきの手が、僕の眼の下に伸びる。拭いとられたそれは、小さな水のしずく。そこで初めて、自分が

涙を流していることに気付いた。

そしてさゆきは言う。

「どんなことがあっても……修くんが望む限り、ずっと一緒にいるから……たとえ世界が終っても、私

だけはずっとずっとそばにいるから」

心が氷解し、涙があふれて止まらなかった。

――彼女のことを信じよう。確かに彼女を疑ってしまったりしたけれど……疑ってしまう心があるから

こそ、信じること、信じ続けることに意味があるんだ。

僕は君のことを信じる。信じ続ける。そして、きっと、世界が終ったとしても君のことを愛し続ける…

…そんな誓いが胸の中に、確かに灯っていくのを感じた。

 

それから僕らは、あの思い出のファミレスでやや遅めの昼食をとった。大学の友達がどうだの、昨日見

たテレビがどうだの程度のたわいもない会話。だけど、かけがえのない時間だった。

結局、加賀美先輩の捜索の件は最後まで話さなかった。さゆきは何も聞かないでくれているし、そもそ

もこれは僕自身の個人的な憧憬を追い求めているだけのことなんだ。今はまだ何の事実もわかってなん

かいないし、さまざまな問題に対し、少しも決着なんてついてはいない。僕自身の気持ちの整理だって

ついていない。ただ、今は少しでも出来ることをして、出来るなら決着をつけようと思う気持ちを大事

にしていたいだけだ。さゆきには悪いけど、今はまだこの件について話す時じゃないように思えた。ど

うせいつかは捜索も終わる。加賀美先輩を見つけられようが、そうでなかろうが、いつまでも探してい

るわけにはいかない。時がたち、いつか、こんなモヤモヤした気持ちを晴らせる時が来たら……僕は、

過去の思い出としてさゆきにそれを語ることができるはずだ。その時を信じて、今は出来る限りのこと

をする。

 

ファミレスを出て、街を練り歩く。左右に無数の並木がたつ遊歩道を歩き、駅前のショッピングモール

へ向かう。この後の目的なんてまったく何もないので、適当にウインドウショッピングでもすればいい

と思ったのだ。今日は大学もサボったし、さゆきと二人の時間を大切にしたかった。

二人で並んで信号の前に止まる。中々青信号にならない。周囲にはまばらに人がいるが、信号待ちの人

は他にいない。普段駅前に向かう人たちでごった返している道だが、昼過ぎのまだ高い太陽の下、僕ら

の周りはやけに静かだった。

その時、つんつん、と背中の下の方を小突かれた。さゆきのいたずらかと思ったが、どうも違ったよう

だ。隣にいるさゆきは、僕が振り向くときょとんとした顔をした。不思議に思っていると、後ろから声

がかけられた。

「ねえ、ねえ、お兄さんたち」

「え？」

まだ甲高い少年の声だ。後ろを振り返ると、年齢としては10歳程度と思しき、背の低い少年がいた。あ

れ？と思い、周りを見渡す。ついさっきまで周りに誰もいなかったように思うのだが……背が低くて気

付かなかったのか？それよりなにより、こんな知らない少年がいきなり声をかけてくる時点で、なんだ

かあまり良い予感はしなかった。他の誰かと間違えているのかもしれないと思ったが、少年はまっすぐ

に僕の眼を見てくる。

「えっと……君は？僕に用があるの？」

「うん」

少年は全く物おじせず堂々と言う。良く見ると、この少年の瞳は妙に色素が薄く感じられた。アルビノ

みたいに真っ赤な眼をしているわけではないが、妙に瞳の色が透き通ったように見える。そういえば髪

も陽光を受けて鮮やかな赤さを放っていたし、肌すらも妙に透き通って感じる。どこかこの世界にある

ものとしての存在感が無いような、それが逆に妙な存在感を放っているような……少年の態度と相まっ

て、ますます不思議な感じがした。

とりあえず、何かも間違いかもしれないので少年を見て受け答えする。

「もしかして、人違いじゃないの？」

「ううん、お兄さんたちに用事があるの」

何か落し物でもしたかな、と思った。そういえばこの少年、左手を背中に隠して、何かを持っている様

子だ。まあ、こんなオチだろう。親切な少年にお礼を言おうと身構えたが、その時、少年は左手に持っ

た、赤い渦巻のようなシールで封をされた、白い封筒を差し出してくる。メッセージカードを入れるよ

うな、横長の三角形の折口を持った封筒だ。まるでラブレターか何かだ、と一瞬思った。

「これを、お兄さんたちに」

いよいよもって良くわからなくなってきた。手紙を受け取れ、と言うことなのだろうが、あまりにも唐

突な話だ。

「この手紙はなに？」

「メッセージ」

「そうじゃなくて……」

メッセージと言われても、目の前の名前も知らない少年がそれを送ってくるとは思えなかった。もしか

したら、この少年は誰かの使い走りでもされていたのかと思い当たる。

「えーと、誰かに渡して欲しいって頼まれたとか？」

「まあ、そんなとこ」

やはりそうだったらしい。少年の言葉に、さゆきが横から口を出す。

「誰からの手紙なの？」

僕は手振りで良くわからないと示す。

「身に覚えが無いんだけど……ねえ、誰から渡してほしいって言われたんだい？」

「それは秘密だよ」

「秘密って……」

誰かこんなことをしそうな人物を考えた。心当たりと言えば……宮田くらいしか思い浮かばないが、あ

いつがこんなわけのわからないことをするとも思えなかった。思案に暮れていると、少年はニヤニヤし

ながら言い始める。

「ねえ、お兄さんたちって、もしかして恋人同士？」

「ああ、うん……そうだけど」

それを知ってどうなるのかは知らないが、まあ子供の言うことだったので、素直に答えた。少年はにっ

こりして言う。

「二人で読んでみてよ」

「……これを読めばいいの？」

「うん」

なんだか良くわからないが、仕方ないので、さゆきの方を向いて手紙の封を開ける。中には一枚の紙切

れが入っていた。そこには、大きな文字でたった一つの言葉だけが書かれている。さゆきも、首を伸ば

して紙切れを覗き込む。その言葉は、こうだった。

『思考する箱』

……思考する箱？何の事だか全く分からなかった。裏に何か書かれているのかと思い手紙をひっくり返

したりしても、他には何のメッセージもなかった。この言葉に何か意味があるのだろうか？さゆきには

何のことかわかっただろうかと思い、その横顔に声をかける。

「これ、何のことだろう」

そう言ってみたが、さゆきは紙切れを見つめたまま、何の反応も示さない。

「さゆき？」

「……思考する箱……」

彼女は小さく呟く。もしかして、この言葉について何か知っているのだろうか。そうは思ったが、なん

だか様子がおかしい気がして、少し不安になった。

「さゆき、どうしたの？」

声をかけると、さゆきはなんだか考え込んでたような様子で、唸りを上げた。

「……思考する箱……思考する箱、って言ったら、コンピューターのこと？それともルービックキュー

ブか何かのこと、かなあ」

「……なんだそりゃ」

僕は思わず笑ってしまう。何だ、そんなことを考えていたのか。だけど、実際のところ、この言葉に何

の意味があるのか全く分からない。こんな手紙を渡して、何の意味がある？そして、誰がこんな手紙を

差し出したっていうんだ？

例の少年に問いただそうとして振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。いつの間にか少年は消えて

しまっていて、あたりを見回しても見当たらない。

「なんだったのかな、これ」

さゆきが疑問を漏らす。もっともな話だが、肝心の送り主がわからないのでなんとも言い難い。

「まあ、何かのイタズラだったんだろ」

「そうかなあ」

「きっとそうだよ」

胸の奥にわずかな引っかかりを覚えたが、あまり深く考えても仕方ないので、とりあえずこの話は忘れ

ることにした。

気がつけば、人通りが多くなっていた。横断歩道を渡ってきた人たちが、立ち尽くす僕らを邪魔に思っ

てる様子で避けていく。手紙を丸めてズボンのポケットに入れて、僕たちは駅前へ向かう道を再び歩き

始めた。

 

さゆきと連れだったまま駅前に近づいていくと、妙に騒がしい声が響いていた。拡声器を通した不自然

に大きな声がこだまする。若い男の声で何かの演説をしているようだった。

「皆さんの周知の通り、３日前の夜に、世界の終わりが告げられました」

ふと、無意識に歩みが止まる。この演説は、例のメッセンジャーに関することなのか。なんとなく興味

を持って、声のする方に近づいてみる。

六人ほどの白い服を着た男女が何かのビラを配り、その中心で、これまた白い服を着た男がメガホンを

手に取り演説している。駅前の歩道の一角に、物珍しそうに彼らを見つめる通行人達が大勢集結してい

る。真っ白なシャツにスラックス、その上にまた真っ白なジャケットを羽織った男がメガホンを通じて

言葉を投げかける。

「世界は唐突に終わりを告げられました。メッセンジャーは見る者によって姿を変えて、地球上の全人

類に無慈悲な宣告を与えたのです。しかし、彼、あるいは彼女の言っていたことは、嘘っぱちなのです

。まず、彼らは、この地球上の存在ではありません」

ドクン、と胸が高まった。別に加賀美先輩の顔が思い浮かぶ。だが、メガホンの男は、何も別に先輩の

ことを示しているわけではない。だが、無関係とも言えない。男は一体、何を言うつもりなのだろうか

？いつの間にか、自分の意識が男の言葉に集中し始める。

「彼らは、世界の終わりが訪れると言いました。その点に関しては、事実その通りなのです。実は、こ

の地球は今、外宇宙に潜む知性を持った存在たちの手によって危機に瀕しているのです。それらの知性

体は、肉体を持たない情報としての生命体であり、波動により構成された存在なのです。ご存知の方も

多いことと思いますが、この宇宙を構成する全ての素粒子は、同時に波動関数として表される、いわば

波動による現象そのものなのです。外宇宙知性体は、自らが波動レベルの存在に回帰することにより、

その波動関数の連なりを恣意的に操作する力を得たのです。その力を悪用されることで、地球上の全て

の現象が滅茶苦茶に破壊されてしまうのです。例えば、大気上の電離層が次々に分解されて、人体に有

害な宇宙線がわれわれの街に降り注いでしまうかもしれません。外宇宙知性体は、宇宙の全てを我が物

とするために、われわれのような、他の知性を持つ生命体が邪魔なのです。そのために、われわれ全て

を滅ぼそうと画策しているのです。彼らの侵攻を食い止めるために、われわれは今こそ立ち上がらなけ

ればなりません。ですが、件の終末勧告のメッセンジャーは、われわれに嘘をついていました。彼らは

、『自分の自我を強く持て』というようなことを言いましたが、実は、必要なことは全くの逆なのです

。今、我々に必要なのは、くだらない自我に固執することをやめ、環境と、自然と、宇宙そのものを構

成する波動と一体化することなのです。そうすることで人間の精神は高次の存在に至ることができ、外

宇宙知性体の侵攻に対抗する力、波動意思の力を得ることができるのです。件のメッセンジャー達は、

実は我々を終末への恐怖と言う感情に走らせ、くだらない自我に固執させ、都合のいいように操り、我

々を騙して討ち取ろうとする、外宇宙知性体自身の工作活動のようなものだったのです。われわれが自

我に固執し続ける限り、この地球はいつの間にか外宇宙知性体に乗っ取られて、破滅への道を歩むこと

となるでしょう。彼らは波動関数の流れを操ることで、われわれの頭の中に都合のいい情報を送りこん

できます。それを防ぐために、われわれは自我を捨て去り、波動覚者となり、高次の存在である、波動

存在へと進化する必要があるのです。われわれ波動論教のもとで修業をすれば、外宇宙知性体たちに打

ち滅ぼされることはあり得ないということをお約束します。人類の祖先が何十万年も前に地球に現れて

から、人類は少しずつ文明を発展し続け、やがて今日に至る爆発的発展を遂げました。ですが、その精

神はいまだ自我に囚われたままであり、それが様々な悩みや苦しみを生み出す元凶となっているのです

。今こそわれわれはその精神を大きく飛躍させるべき時に来ていると言っていいでしょう。今こそ立ち

上がるのです。そのために、波動と一体になるのです。われわれと共に次のステージへと至りましょう

。われわれ波動論教は、いつでもそのための知恵を共有したいと願っております」

まずい、と思った時にはもう手遅れで、僕らの手には例のビラが押しつけられていた。メガホンの男が

何か言うたびに、周囲で歓声や拍手が巻き起こる。まずい。本当にまずい。そうは思ったが、いつの間

にか周囲の人だかりはかさを増し、ビラを押しつけてきた男女の前からそそくさと自然に逃げることも

出来なくなってしまい、結局、区切りのいいところまで話を聞いてしまうこととなった。僕らは大量の

歓声が巻き起こる中、何とか人ごみにもみくちゃにされながらも抜け出して、何とか駅前のショッピン

グモールに向けて歩き出す。

「なんだか、凄い演説だったな」

さゆきは苦笑いをして、「そうだね」と言った。

あまりにも突飛な理論展開をする、ごく自然に狂気を帯びたあの独特な感じ。どうやら彼らは『波動論

教』という名前の宗教団体のようだった。もちろん、そんな名前の宗教は聞いたことが無いので、新興

宗教の一種だろう。メガホンの男に合わせて場を盛り上げていたのは、たぶん大量のサクラ役の信者だ

ったのだろう。しかもあの盛り上がりようを考えると、かなりのカルトなんじゃないかと思い、恐ろし

くなった。場の空気を作りだし、無関係な人を無理やり自分の世界に引き込むというやり方は、カルト

に限らず世の中には良くあることだ。なんだかそら恐ろしいものを感じたが、抜け出せて良かったと思

っておくべきだということにした。だが、彼らは興味深いことも言っていた。例のメッセンジャーが、

外宇宙の知的生命体の仕業だと言うこと。雨笠先輩が言っていたように、やはり地球上のものとは違う

、何か超越的な存在でもない限り、あのような芸当はなしえないだろう、ということは、確かに一理あ

ると言える。だが、あまり歓迎できない考えであることも確かだった。それでも、波動論教と言う彼ら

は、実際にそれを信じているように見える。彼らは、あんなメッセージを聞いておいて、３日後にはも

う自分たちの利益を増やすために利用しているようだ。どこまで自分たちを信じているのかわからない

が、随分とたくましいことだとは思う。なんとなく興味が湧いて、近くの飲食店の、外堀の段差に腰を

おろし、配られたビラに目を通す。それは数ページにまとめられた小さな冊子だ。左開きの冊子の表紙

には、教団のシンボルと思しきマークが描かれている。１１角の星型の図形。それぞれの交差する線は

、混じり合うことなく、立体的に交差し、一本の線がループしている。星型の中には大きく円が描かれ

、図形はまるで太陽を模しているかのような様相を呈していた。そのマークの下に、『波動論教』と大

きく書かれ、そのさらに下に、『この冊子において、われわれ波動論教の教義をご紹介いたします。波

動論教は決して不実な宗教団体ではございません。ぜひとも冊子にお目通ししていただくよう、よろし

くお願いいたします』といった文章が書かれていた。ページをめくり、細々と書かれている文章に目を

通す。

 

・波動論教って、なに？

波動論教は、特定の神や超常の存在を信仰するような宗教団体ではありません。われわれの教義の第一

義は、まず自己の内面への探求であり、人間の普遍的な感情を高次元のものに昇華していくための修練

を大切にします。修練と言っても、それは大変なものではありません。自らの自我に囚われ、こじれて

しまった精神を、一つ一つ解きほぐし、この世の苦しみや悩みから解放されていくための、自己探求で

しかありません。われわれは、人間が精神の力を高めるためのお手伝いをさせていただこうと考えてお

ります。

 

・人間の精神と、波動の関係

精神の修練を重ねていくと、ここで不思議なことに遭遇します。それは、波動という、宇宙の根源たる

力への目覚めなのです。波動と言われるとピンとこないだろうと思われますが、実際には波動とは全く

特別なものではありません。例えば、音波。われわれ人間が、耳から得る音の情報は、全て空気の振動

が波として伝わり、感覚器官によって受容され、認識されるものです。同様に、光もそのような性質を

持っています。われわれが眼で見る全ての情報は、太陽などの光源から飛来し、物質に反射するなどし

てから目に飛び込んできて、われわれが目に見える光景全てを織りなしています。そして、光を構成す

る光子も、また波動なのです。実際には光子とは、われわれの生活に欠かせないものとなっている電磁

波の一種であり、電磁波とは、空間そのものが振動し、それが波として伝わっていく現象なのです。ま

た、心臓の鼓動ですらも、血液を常に波打たせるという、波動現象と言い換えることも出来ます。われ

われが生きる上で、波動と言うものはほとんど欠かせないものであることはお分かりいただけるでしょ

う。ですが、われわれの世界は、実はもっと根本的に波動に満ちているのです。次の項から、それをご

紹介することにいたします。

 

・この世の全てが波動で出来ている？

われわれが住んでいるこの地球は、巨大な物質の塊です。細かい粒子が寄り集まって、次第に大きな物

質の塊を作り、それが宇宙の中に浮かんでいます。そして、その惑星の上に住んでいる動植物も全て、

物質です。もちろん、われわれ人間とてその例外ではありません。ですが、物質とは一体何なのでしょ

うか。誰もが一度は考えたことがあるようなことだと思います。宇宙と言う空間が生まれ、数多のエネ

ルギーや物質の粒子が生み出され、星々や人間といった、様々な存在が生み出されました。それらはど

うして存在しているのでしょうか？われわれは答えを出せます。それらは、全て波動そのものなのです

。まず、宇宙の始まりの時は、一般的にビッグバンと呼ばれています。無限大の真空が何らかの理由で

崩壊し、突如として一点に集約され、高温・高エネルギーの空間が生まれ、それが次第に膨張し、冷え

ていく過程で様々な物質が生成されたと考えられています。何故物質が生成されたのでしょう。われわ

れは、宇宙に存在するエネルギーも、物質も、全ては波動の一種類に過ぎないのだと考えています。そ

もそも、ビッグバンと、宇宙の膨張と言う現象自体が、宇宙自体の呼吸のようなものであり、エネルギ

ーの膨張と収縮が繰り返される、波の高低にあたる波動現象そのものであり、われわれの世界を構成す

る物質もエネルギーも、その根源的な波動の余剰の存在でしかないのです。

 

・物質は、波動関数である

量子力学というものをご存知でしょうか。量子力学とは、われわれが直接眼で見ることができるような

大きなスケールの世界、つまりマクロな世界ではなく、もっと根本的な、物質を構成する最小単位であ

る素粒子など、非常に小さなスケール、つまりミクロの世界での物質の運動などを探る学問です。実は

、マクロな世界とミクロな世界の間においては、物質の運動や、存在そのものの在り方が大きく異なっ

てくるのです。詳しい話は省きますが、それによると、ミクロな世界の物質は、粒子であると同時に、

波動でもあるように振る舞うとされています。つまり、物質とは根本から確かな存在と言うわけではな

く、波動のように拡散した状態を持ち、それらが素粒子から原子や電子、原子から分子、といった具合

にマクロな世界に近づくにつれて、次第に織りなされて確かなもののように振る舞っているのです。で

すが、それらの根本である素粒子レベルまで見ていくと、それらは波動関数と呼ばれる式で表されるよ

うな、不確かな存在でしかなく、やはり物質とは全て波動であると言えるのです。

 

・波動と言う情報の塊

波動とは、一種の情報が伝わっていく現象と言い換えても構いません。空間の中を、様々な情報が飛び

交っているのです。そして、われわれの肉体もまた、波動現象そのものであるのです。空間の中を飛び

交う電磁波などの波動や、他の物質が持つそれぞれの波動は、われわれの肉体を構成する波動にも、微

細な影響を与えています。高いエネルギーを持つ波動である放射線は、人体に様々な悪影響をもたらす

ことも一般に知られているでしょう。同様に、全ての波動が、互いの波動と微細な影響を及ぼし合って

いるのです。ごくわずかな素粒子のぶれ、波動関数の群れによって構成されている物質に対し、他の波

動が横切ることで、その結合パターンに影響を与えられるであろうことは疑いようがありません。つま

り、波動同士が、それぞれの情報を交換し合っていると言えるのです。われわれの肉体も同様です。わ

れわれの肉体は、われわれがこの世に生まれる前から、宇宙の全ての情報を刻み込まれているのです。

宇宙背景放射と言う言葉をご存知でしょうか。これは、宇宙誕生の最初期に生成された電磁波であり、

それは今もこの宇宙をいっぱいに満たしているのです。また、重力波という言葉もあります。全ての物

質は、その質量により空間を微細に歪ませていて、それは光速で伝わり、今もわれわれの肉体をたゆと

わせています。それは、たとえ１００億光年彼方の空間から届いたものであったとしても、情報として

肉体に刻み込まれます。宇宙の創生から連なる、全ての情報が、われわれの肉体には眠っているのです

。それらを自らの意識の中に取り込むことができるとすれば……そう、われわれは波動によって、宇宙

の全ての事象を悟ることが出来るのです。

 

・情報の連鎖が、全てを物語る

われわれ人間は、生まれてくる前、母胎の中で夢を見ています。それは、宇宙そのものの夢なのです。

全ての波動が互いに影響を及ぼし合っているのだから、その連鎖をたどっていけば、宇宙の始まりの時

まで遡ることも出来ます。また、逆に、ある時点での宇宙の情報がわかっていれば、そこから未来に起

こりうることを逆算することも可能でしょう。そして、われわれの肉体も、その宇宙の情報連鎖の中に

連なる一部なのです。母胎の中、穏やかな羊水の中、われわれは夢を見ていました。羊水は、宇宙の全

ての波動によってたゆとい、胎児は全身でそれを感じ、いわば全身が波動のセンサーとなり、宇宙の全

てをわが身に刻みつけながら成長します。それから人間として生まれおち、数多のストレスを受けなが

ら生きることで、自我が芽生えてしまい、根源波動の記憶は薄れていきます。ですが、われわれは、無

意識のうちで全ての理を知っているのです。夜眠るたびに、肉体を制御する小脳や海馬に意識が回帰す

るとき、われわれは宇宙に触れているかもしれません。意識がそれを覚えていないだけなのです。人間

は、時折、未来を予知するような夢を見ることがあると言われます。それも、宇宙の波動の記憶が見せ

たビジョンなのかもしれません。

 

・宇宙の無意識が収縮し、人間の意識が生まれた

ここで、根源的な疑問を解消します。われわれ人間とは一体何なのでしょうか？どこからきて、どこへ

向かうのでしょうか？ここまで読んできたあなたにとって、答えは簡単でしょう。われわれの存在もま

た、宇宙の根源たる波動の一部なのです。逆にいえば、人間とは、いわば宇宙が波動と言う力によって

収縮し、ひとまとまりの存在として形成されたものなのです。この宇宙の全ての事象は、全て、宇宙の

一部が波動の力で凝り固まった存在であり、全ては宇宙の中で繋がっているのです。宇宙空間は、決し

て物質の入れ物というわけではなく、物質もエネルギーも、波動と言う力によって眼に見えるものとな

り得た、宇宙そのものの一部ということです。人間の意識もまた、宇宙全体と繋がり、その結合パター

ンを常に揺らがされ続けている、波動の塊によって構成されています。ですから、自らの無意識に精神

を集中させれば、われわれの精神は、宇宙そのものと繋がることになるのです。まるで、宇宙と言う名

の無意識の一部が収縮し、人間の意識が生まれたように。人間は、自我を得ることによって様々な技術

を生み出し、宇宙を観測し、深い知恵を生み出してきました。ですが、機械文明に溺れた人類の精神性

は、破綻への一縷を辿っています。環境は破壊され、自我が生み出す欲望と破滅に支配されています。

今こそわれわれ人類は、自らの中の波動に目覚めるべきだと考えられないでしょうか。

 

・人類の未来は、波動覚者に至ることである

人類がみな、自らの中の波動に目覚めることができれば、宇宙のもとで、その精神が一つに繋がること

ができます。無用な争いは起こらず、無益な環境の破壊も必要無くなるのです。物質的悦楽に依存せず

とも、根源たる波動に覚醒すれば、宇宙の中で生きることに対し、本当の至福を感じることができるの

です。全ての存在が理解し合い、一切の孤独から解放された世界。それは、まさに楽園と言えるでしょ

う。そして、われわれは気付くのです。宇宙の一部である人間に意思があるように、宇宙そのものにも

超越的な意思のようなものが存在し、人間と言う存在も、全てを波動により正しい方向に導くために生

み出された、波動覚者となるべき存在であったということを。われわれが宇宙の意思を規定し、宇宙が

われわれの意思を規定し、宇宙の全てが共に歩んでいける世界。われわれ波動論教は、そんな至福の世

界を作るために、皆様のご協力のほどをお願いしております。