Victo-Epeso’s diary

THE 科学究極 個人徹萼 [CherinosBorges Tell‘A‘Bout] 右上Profileより特記事項アリ〼

水没都市のアーク

水没都市のアーク



あらすじ

人類が半霊化現象に見舞われて不死の存在となった世界。
基底物質世界は滅び、東京は水没していた。
霊化した人間たちは疑似物質(フェイクマター)の体に縛られ、
死ぬことも、他者と直接接触することも、物質世界に干渉することもできない。
ただ、何となく流れで生前の住居の残骸に居座っていることが殆どだ。

いやに透き通って海面からの日差しが見える海の底、
僕たちは進む先も見えないまま今をただ過ごしてる。
当面の課題は、世界をこんな風にした犯人を探すことくらい……
まあ、その犯人ってのは、少なくとも半分は僕のことなんだけど。

世界を終わらせて、世界をすくい上げた<終末種>の青年と、少女の行方を描くおはなし。



主人公 日比谷紡(29)ひびや・つむぐ
終末種、ベータと作中で言及される存在そのもの。なんとなく正体を隠してる。
世界を終わらせた張本人であり、半霊化した世界の中で実は一人だけ何故か普通に生きてる人。
自分でも自分がどういう生命体なのかわからない。

ヒロイン 阿澄幸(12)あすみ・ゆき
金髪ロリ系。
終末種、アルファの方。
実は日比谷と違ってそこまでの力はない。
日比谷がフェイクマターを連鎖破壊するセグメントを起動した後は存在を保てなくなり、
最後体が崩れて腐った灰になって死ぬ。

名無しの少女
黒髪、黒肌、東京ダンジョンでセグメントを見つけた日比谷がフェイクマターを滅ぼした後、
正体を表した基底物質世界で出会う少女。死んだ母親の母胎から自分で無理矢理産まれてきて、
その後も滅んだ都市の残骸を一人で見て回って、一人でいろんなことを学びながら生きてた。
よくわからない生命力の塊。エピローグでのみ登場。



ターム

・東京地下ダンジョン<アーク>
都市が水没して、地球の動植物みんなが死んで、一部人間が半霊化してすくい上げられた後、
人々は水没した都市の海を、空気の中で過ごすみたいに泳いで活動できるようになった。
一応地続きみたいになって、海の中は直接断崖が存在するように見えるようになった。
そして、東京湾の底に秘された地下遺跡が存在することがわかった。
驚くことに、それはまさにサイバー・ダンジョンと言った構造だった。
しかし、半霊化した人々は基本的に不死であるにも関わらず、
このダンジョンを深く調査にきた人々は誰一人帰ってこない。
半霊化現象と関係があると考える人も多い。

・半霊化現象
世界がボロボロに壊れて、世界中の人が死滅を覚悟し、実際にそうなった。地球は滅びた。
にも関わらず、しばらくしたら<一部の悪人を除いて>人々の魂は半霊体として蘇っていた。
霊現象と言うにはあまりにも物理的なので、色々議論がかわされた。
何故かは分からないが、みんなこれを「疑似物質(フェイクマター)による過去再現体」
であるとみなしている。

・半霊体のルール
半霊体同士は直接接触を行えない。
行った場合それぞれの霊体が干渉して溶け合い、耐え難い苦痛とともに消滅する。
しかし、その後復活する。自殺の場合も同じで、苦痛の後に復活する。
自分で死や消滅を選ぶことはできない。

食事は必要なく、睡眠も特には必要ない。
半霊体にとって肉体は思考を表現するイメージでしかない。
物質的干渉が行えないので、特別な文明の進展はないに等しい。

身につけている服装などはある程度自分の意志で組み替えられる。
身近な範囲内であれば、フェイクマターの収束により、
想像したイメージを空間に具現化することも出来る。アウターイメージ現象。
ただしその場に居る人間同士の精神的調和が保たれていないと謎の干渉を起こし崩れる。

彼ら半霊体に許されているのは、純粋に文化的で精神的なコミュニケーションのみ。
それ以外は、手に届く範囲の、滅んだ地球の散策しかない。多少は浮けるが、しかし徒歩。

完全に悪人と言えるような人間は残っておらず、
何者かの意思によって蘇る人間が決定されたと議論される。
日比谷曰く、「どっかの超有名漫画みたいな話だよな……まあ合理的っちゃ合理的だけど」
この現象にはヒロイン阿澄の無意識が深く反映されているらしい。

ちなみに半霊は何らかの条件で「成仏」するらしく、段々と成仏して人口は減っている。
「成仏」と言われるタイミングで成仏するのだから、概ねの条件はそういう事なのだが。

・シェイプシフターごっこ
日比谷が幼い頃に観たSFアクション映画「シェイプシフター」の影響で思いつき、
身内に広めていったごっこ遊び。単純なジンクスを能動的に起こすような遊び。
例えば、腕を振り上げて狙いを定めると、その先の木が揺れる。
偶然に吹いた風と自分の行動を結びつけて超能力者振るという、ただのごっこ遊びだった。
しかし、偶然にもこれが若い世代の超能力者を目覚めさせる切欠になった。

世界終末期まで長らくシェイプシフター能力者達は
モラトリアム特有の精神疾患的な感情障害として抑圧されていたが、
たった十数年の間に増えて広まったシェイプシフター能力者達は、
無意識に社会の土台を崩すような遊びを始める。
「どうせ妄想だって言うなら、人の妄想くらい好きにさせろよ」と言って。

色々なことがあって、世界情勢の悪化とともに、
日本で生まれたシェイプシフター能力者達は世界を混乱に陥れる。
最終的に日本には3発の水爆が投下され、
また、死の際に追い込まれたシェイプシフター能力者たちの工作によって、
世界中の兵器、エネルギー炉、実験施設が暴発し、世界はあっけなく滅んだ。

みんな死んだはずだった。
だけど、半霊化して蘇った。

これは間違いなくシェイプシフター能力の引き起こす現象だ。
しかし、犯人はよくわからない。自分なのだろうか、と日比谷は思い悩みつつも、
自分がまだ「死んだことがない」事実を周囲にはひた隠しにする。

「ただ、どっちにしろ、水没した街で飯も食わずに生きている。
水爆をモロに食らったときでさえ何故か生きてた。どっちにしろ碌な存在じゃないな」
そう思いつつ日比谷は今を生きてる。


預言者クン
半霊化した人々には緩いテレパシー的な直感力が備わる(人もいた)。
その感覚にドハマリした人の中に、預言者気取りであれこれ妄言を垂れ流す者もいた。
しかし、状況が状況だけに大っぴらに否定できる人も、肯定できる人も少なかった。

日比谷のかつての知り合いが預言者クンになっていて、たまにあれこれ言う。
「人類は、ある神がかり的な存在にすくい上げられて今ここに居るんだ」
「その子は、たぶん自分がそれであると気づいていない」
「数年前に世界が滅んで、みんな触れ合うことができなくなった。だから気づく機会がない」
「だから、その子は、自覚がないままに人類の救い主になった、若い子供なんだと思う」

「半霊たちがこんな形で存続しているのは、
たぶん救い主が僕らに何かをさせたがっているからだ」
「何かって?そりゃあ、暴力も物理的抑圧も効かない体だ。
つまり、その子は僕たちに『まともなコミュニケーションを望んでいる』」
「今までの世界では完全な形ではあり得なかった『人間同士のまともなコミュニケーション』を。
『相互理解』を望み、結果としての『成仏』にだって期待してるんだろう」
「つまり、その子はえらく平和主義で心優しい人なんだ」

奇しくも阿澄の事を実際に理解はしていたのだが、
既存のオカルト的知識やイメージと混同してよくわからない話に発展する。

「神が現世に顕界したのさ」
「もしかしたら神は二柱降りているのかもしれない」
「アダムとイブが蘇ったんだよ、現世に。生まれ変わって、互いを求めあっているんだ」
日比谷も、何となく理解できる面はあって、その内阿澄を見出して、
あれこれコミュニケーションを交わすようになる。

ただその内、何か違うと思うようにもなっていく。

・アダムとイブ?
いつしか世界が二人の終末種によって維持されているという話は、世界中に広まっていた。
お陰で、こういう特に根拠のない話が蔓延った。
日比谷も阿澄も、世界中の人間が、
「2人の存在が世界を維持している」という面については認めざるを得なくなっていくが、
その正体は公にはされないまま、混乱の中にありながら世界は少しずつ縮小してく。

若い女子である阿澄は、そういう感覚に熱狂し、運命の相手のように日比谷を求めるが、
日比谷は何となく乗り気になれない。何やかんや言葉をかわし、セックスだってしたが、
微妙な気分になるような事が多く、日比谷から一方的に別れるに至る。

阿澄は過去に大人の男たちによってひどい陵辱を受けた事がある……と、日比谷に話した。
でも、それは嘘で、夢だったのかもしれない、現実だったのかもしれない、
よくわからない時期があった、と語る。

幼い阿澄が滅びゆく世界を受け入れきれず、世界の維持を願い、
無意識にシェイプシフター能力の暴走的広がりを果たしたのが切欠で、
彼女は、彼女の精神内に他の人間たちの記憶や意識を取り込むことになる。
しかしその行為が彼女の精神を苦しめ、彼女は彼女の精神の中で、
彼女の取り込んだ記憶であって、彼女そのものでない精神たちと
「色んな意味で一つにさせられた」

日比谷とセックスした時点まで肉体的には間違いなく処女性を保っていたが、そこはともかく、
マイペースで童貞を保っていた日比谷が結局萎えてしまったのもその辺りの重さが一因だった。

「君は、そういった過去のイメージから『肉体的接触』を恐れて切り捨てただけだ。
なあ、そうやって『相互理解』だなんて理想論を押し付けたって、
この世は劇的に良くなってなんかいないだろ。
喧嘩してる夫婦も、一晩セックスしたら仲直りしてる。そういう幸せを奪っても、
人の人生ってのは勝手にどうにか出来るものじゃあないよ」
「でも、私は、ちゃんと平和で、理解し合ってほしいと思うんです」
「気持ちはわかるけどさあ…みんな、死んだ人なんだ。記憶の再現としてしか存在しないんだよ」
二人の考えは平行線を辿る。

結局、アダムだイブだと担ぎ上げられても、俺は俺でしかないな、と我に返って、
自分のことに勤しむ日比谷と、変に追いすがったままの阿澄が残される。

日比谷は当面の最大の謎、東京地下ダンジョンの攻略を少数の仲間たちとともに勤しむ。
阿澄は、日比谷が自分に振り向いてくれないことを知ると、自分の世界の幅を広げたくなって、
フェイクマターをよりソリッドに、触れあうことの出来るものとして再現できないか思い悩む。

結果として、阿澄はその内色んな男と寝るようになる。
生身の質感に耐えられなかったフェイクマター存在たちは彼女と性交を交わすうち消滅に至った。
世界の再現性を高め、より生命力を再現し、現実をフェイクではなくして、
半霊たちを確かな存在として蘇らせようと実験を繰り返す。自分が女神の化身と信じて……

数年後、愚かなフェイクマター実験のせいで世界はボロボロになっていた。
主体となる阿澄の精神の荒廃とともに、半霊たちも悪霊化していく始末だ。

一方日比谷は、東京ダンジョンの最奥で、終末期のセグメント・アークを発見する。
「何らかの異常事態により、フェイクマター災害に囚われた人々のために、これを遺す」
実は、地球は歴史の転換期に差し掛かるたび、滅びるような致命的失敗を経験しては、
その度に「シェイプシフター的な能力が世界の何処かで発現して、見かけ上の世界を修復した」
……最終期に発現するシェイプシフター・GODは、世界を完璧な形で繕い直すことが出来る。
しかし、その度に刻まれていく記憶、傷、過去世の痕跡……「世界の記憶」が顔をだすのだ。

セグメント・アークを作ったのは、その当時のシェイプシフター・GODの成れの果て。
あるいは、日比谷自身に一番近い存在だった誰かだ。
生まれ変わり、と言って良いのかもしれない。

しかし、当時の世界を繕い直したGODは、「本当にやり直して良いのだろうか」と悩み、
セグメント・アークの痕跡を遺した。

これは、フェイクマターによる再現事象を無限に連鎖崩壊させ、
回帰した世界を「ちゃんと滅びさせてやる」ためのシステムだ。

過去の人生、崩壊後、阿澄とのこと、色々な事を思いながら、
日比谷は結局壊れゆく眼の前の世界を見ていたくなくて、セグメントを起動する。


水没遺跡のアークを出て、原世界への帰還を果たした紡は、完全に崩壊した都市の痕を見る。
そこには阿澄がいて、日比谷の目の前で、血と肉を黒く変色させ、朽ち果てながら助けを乞う。
黒い骸骨の跡を覗かせながら朽ちていく、
目の前の存在が阿澄だと気付くのにも時間がかかったくらいだ。

日比谷は彼女の最期を看取ってから、また歩きだす。
最期に交わした会話の中、彼女は言っていた。

「だけど、何故、世界が滅び直したなら、私も死ぬって言うなら、
あなただけはそんなにきれいな体のまま、生きているの……?」

その答えは日比谷自身にもよくわからなかった。
結局彼は、普通に生きてきて、それなりに普通に年も取って、成長してきたはずなのだが、
何故かここに至るまで一度も死んだことがない。
世界は死んだのに。神と言われた人柱の女の子も死んだのに。

死んだ世界を目的もなくただ歩いてたら、偶然に動くものと出会った。
そんな存在、もう長いこと見てなかったのだけど。

崩壊から10年近く経ったのだろうか。フェイク世界崩壊からは5、6年か。

女の子がいた。
黒髪を伸ばした浅黒い肌の女の子。ずっと一人ぼっちで生きてきたらしい。
お互いに存在しないと思っていた他の生き物と出会った。

彼女は何もかも独学で学んでた。言葉は拙く、伝えづらい。
なんで君は生きているのか問うたら、よくわかんないけど、生きてる。と答えた。
そうか、と言った。僕も同じなんだ、と言った。

そこで、これからどうなることかはわからないけど、
とりあえず日比谷は当面の生きる意義みたいなものを見出して、この話は終わり。