まただ。
また、世界が暗転している。
隣の部屋の住人がガンガンと、ベッドの淵を手で叩く音が聞こえてくる。
テレビジョンに映る映像はサイケデリックな幻覚と化している。
3m四方程度の小さな古びた部屋に押し込められた俺は、ここが何処なのかすら分からない。
だが分かることがある。この世界は偽りだ。
この小さな刑務所のようなアパートに、数十人の人間が――人間もどきの木偶人形が――押し込まれているはずだ。
そして、暫く経てばこの場所は戦場と化す。
俺は小さな箪笥の一番上の引き出しを開けて、拳銃を取り出す。まるでそれが最初からそこにあったかのように、自分でも驚くほど慣れた手つきで。
何者なんだ、俺は。
テレビのリモコンを取り、ベッドに腰掛けチャンネルを合わせる。窓のないこの部屋の中、ギトギトした赤いテレビの輪郭がグロテスクに見える。
どこのチャンネルもサイケデリックな映像やノイズばかりだったが、ニュース番組をやっているチャンネルが一つだけあった。これも、あらかじめ知っていることのようだった。
どこかの交通事故現場の前で取材をしている、テレビのリポーターが言う。
「君は自分が何処に居るかわかっているかね?」
「ノー」
映像とはまるでかみ合わない音声に、俺は答える。
「上出来だ。自分が何も理解していない事を理解している」
「ここは何処なんだ?これから何をすればいい?」
「君たちは、卵なのだよ。孵るものはただ一人。今はそれだけ言えば十分だ」
テレビのリポーターは笑って消えてしまった。どこかの家が燃えているような映像に切り替わり、不思議な印象のポップ・ソングが聞こえる。
俺は誰なんだ?着ていたシャツで汗ばんだ顔をぬぐい、一呼吸を置き落ち着こうとする。
隣の部屋から、ドガン!と扉をけ破る音が聞こえてきた。
俺は息をひそめて自分の部屋の扉に近づく。扉の格子越しに、大型のハンマーを手にした大男が廊下を歩いているのが見える。
廊下の向かいには、同じような扉がいくつも並んでいる。大男は、向かいの部屋の扉をこじ開け、入っていく。
中に居た別の男が叫んで何か訴えているのがわかる。しかし大男は意にも解せず、大型のスレッジ・ハンマーを振りかざした。
ぐちゃっと、頭蓋骨が砕け脳みそと肉片が爆ぜ散る音が聞こえた。
満足そうにため息をつく大男を見て、確信する。やらなければやられるだけだ――と。
俺は勢いよく扉を開け、大男に奇襲を仕掛けた。
手にしていた拳銃の引き金を弾く。発砲の音が鳴り響き、振り向いた大男の眼球に弾丸がえぐりこむ。
さらに二発続けて弾丸を放ち、大男の頭部は木端微塵の肉片になった。
その時、廊下の向こうでも銃声が聞こえた。みんな既に戦いはじめているらしい。
俺たちが何者なのか分からないが、どうやら自然淘汰的に誰かが生き残るまで戦わなければいけない仕組みだ。俺たちは生まれつつある戦士なのだ。
他の部屋も開けて、生存者を探す。向かい側のもう一つの部屋には誰もいなかった。
廊下を抜けて、階段の踊り場へ。階下から手榴弾が投げ込まれる。咄嗟に身を投げ出して反対側の廊下に逃げる。
爆炎を避け、顔を上げた俺を待っていたのは、大型の鉈を構えた男のしかめ面だった。
俺の反応より早く鉈は振り下ろされ、俺の首は胴体から離れていた。
◇
まただ。
また世界が暗転している。
頭痛と共に目が覚める。
さっきと同じ、小さな部屋の上……
微かだが、確かに記憶が残っている。
首に手を当ててみたが、ちゃんと胴体と繋がってる。
俺はテレビのチャンネルをワイドショーに合わせて……
「先ほどまでの戦績。最終的に全員が同士討ちで死亡。五体満足に生き残った者はいなかった」
「俺たちに何をさせているんだ」
「自然淘汰と、自然研磨」
俺はベッドの淵をガツンと殴った。
さっきと同じ位置から拳銃を取り出し、テレビに向かって撃つ。
ガシャンと割れたモニターから、また不快なポップ・ソングが流れている。
扉の外に出る。
アパートの外に出ようと思い、急いで階下に向かう。
幸いなことにまだ誰も出てきてはいなかった。出入り口と思しき大きな扉があった。だが、扉には鍵がかかっている。
機械仕掛けの大きな扉……誰が作ったのかは分からない。
外に出るのは無理なようなので、手近な部屋に上がり込んで中の住人を襲う。
出てきた男を銃で殺し、部屋の中を物色する。
どの部屋も基本似たような構造らしく、武器の入った箪笥と、ベッドと、テレビくらいしかまともなものはない。
どこかにキーでもある事を期待したが、それが叶うのは難しいようだ。誰かがキーを持っているとしても、全員分殺して物色しなければいけない。
結局、生き残った者だけが外に出れるとみても間違いなさそうだ。
俺は、他の部屋を当たることにした。隣の部屋に侵入するが、誰もいない。しかしどこかに気配がある。
ベッドの下に隠れたそいつは、突然手榴弾を投げてくる。
慌てて廊下に逃げ出すが、拳銃を落としてしまう。爆発が起こり、再び部屋に侵入すると銃は使い物にならなくなっていた。
ベッドの下から這い出てきた男は、銃を構えて突きつけてきた。
俺は、とっさに目を閉じ手を空中に構えていた。
気が付いて目を開けると、俺はいつの間にかいびつな形の拳銃を構えていた。男は眉間を撃ち抜かれて死んでいた。
これはいったい何だろうか。自分で拳銃を創出したのか。
改めて思う。ここは、現実じゃなかったのだ。
しかし、肉体らしきものと痛みがある。
そこで俺はこの肉体を持ち帰る事が使命なのだと思うに至った。
残りの生存者は3人ほどだった。生存者同士で殺しあっていたためか、十数人分はある部屋の数に対し、人数は少なくなっていた。
俺は残りの生存者全員をさっきと同じ要領で殺した。意思次第で空中から武器を創出できるなら、恐れるほどのものは何もない。
そうして俺は、五体満足なまま自分一人が生き残ったことを悟った。
アパート一階の大きな扉に、立体映像が映し出されている。
「おめでとう。新しい技術を習得して勝ち残ったな」
僕はため息をついて質問した。
「この世界は立体映像なのか?」
「ああ、そうとも。この世界は立体映像だ。だが、その映像は何処にどうやって照射されている?これは次のステージのヒントだ」
「次のステージ?それは……」
扉が開いた。まばゆい光が視界を包む。次第に俺は意識を失っていった。
◇
気が付いた時、俺は大きな金属の格子が引かれた工場のような場所に居た。正確には、工場の四隅の大きな楕円上のカプセルの中から、十字状の通路に這い出てきたような形だった。
カプセルの中はねっとりとした粘土のような油に満ちていた。そこで俺はようやく、俺自身が工場で作られた存在なのだと気づいた。
そうだ。俺はもともとゼロから合成された肉の人形なのだ。あの大きなカプセルの中で、泥の中に投射された立体映像が本物の存在のようにふるまい始めていたのだ。
だから生存性をテストされていた。外の世界で生きる資格があるかどうかを。立体映像は泥の肉体を現実のものとしてまとい、ついに俺は外の世界に初めて生まれたのだ。
しかし、この工場は……まるで、最初に目覚めた小さな部屋と同じように思えた。大きさこそ違えど、閉塞感は同じだった。
俺は通路を歩いて部屋の構造を調べてみた。上下に大きく空間が開いた部屋で、上の方には照明が仕掛けられている。
下の方は、カプセルの下半分がおさめられて、冷却水のようなものに浸かっている。
カプセルは4つあるが、どれも扉が開かれて中の泥が露出していて、今は使い物にならない状態のようだった。
壁面には「Soil-Entrize System」と書かれている。ソイルエントライズシステム。俺のような人間を作り上げるためのシステムだろうか。
俺は通路の隅の扉を調べる。認証システムとやらの文字が見て取れたが、特に何も言わない。扉の取っ手を引いたら、多少重かったが普通に開いた。
扉の先は、暗闇の通路だった。照明が働いていないらしく、薄暗い闇の中で非常灯のサインだけが生きている。
妙に暑いのは、手すりのついた通路の下を流れる冷却水らしきものが、今でもどこかの排熱を拾っているらしく、それが冷却されず熱湯になっているせいなのだろう。
この工場はいったい何なのだ?そもそも、俺はこの場所が何なのか、何処の世界の何処の国にあるものなのか、まるっきり分からなくなっていた。
いや、単純に知識が足りないのだ。そもそも擬人に過ぎないこの俺は、検索対象となるデータベースすら持たされていないのだろう。
しかし、この工場が稼働を終えてから相当の年月が経つように見える。いったいなぜ、今更になって俺が作られたというのか?
何かのきっかけで偶然死んでいたシステムが蘇り、稼働してしまったのだろうか。
だとしても、この工場の外には何があるのか。警戒するに越したことはない。入ってきたのと向こう側の扉まで歩ききって、ようやく思った。
俺は拳銃を取り出そうと思った。しかし懐には何もない。空中から拳銃を取り出そうと思っても、何も出ない。
いや、何かを生み出せそうな感覚はあったが、意思次第で突然拳銃のような道具が生成されることはなかった。
そもそも、いったいなぜカプセルの中の世界ではあんな便利な道具が展開できていたのだろう。自分の知識のデータベースから、必要な道具を選んで生成する……
自分の体を構成する光学的エネルギーが泥を物質に収束し直したのだろうか?だとしたら、あの力は使うほど自分を消耗する可能性がある……
俺は諦めて扉を開けた。いや、開けようとした……が、中々開かない。何か、大きな圧力がかかっているように……
力を込めて取っ手を引くが、きしむ音だけで開かない。俺は、何か手はないかと考えた。
あの物質を生成する力を、自らの内に向けて使ったらどうだ?
そう思いついて、自分の肉体を増強するために意識を向けてみた。時間をかけて、ゆっくりと呼吸をするうちに、自らの力が高まっていくのを感じる。
全身を覆う神経系を活性化させ、その電気的信号を元に肉体を大きく膨張させていくように……
試みは意外なほど上手くいった。俺の肉体は増強されている。さっきまで開かなかった扉も余裕で開けそうなくらいに。
俺は、取っ手をつかみ、全力で扉を開けた。
バン!という音がして、突然俺の耳が音を立て弾けた。正確には、鼓膜が勢いよく収縮したようだった。
俺はものすごい勢いで咳き込んだ。そして、耳と鼻と口からものすごい勢いで液体を垂れ流し始めた。
というのも、扉を開けた途端、空気が入り込んできたのだ。愚かにも俺は、自分が何らかの液体の中に溺れていたことに気づいてなかったのだ。
咳から解放され、自分の体内から軽い油のようなその液体が排出され切った後、疲弊した体を起こしてようやく事態を把握できた。
液体は今は膝元くらいまで浸かっている。さっきまで全身が浸かっていたのだから驚きだが、呼吸も出来たし、下の冷却水より随分軽い液体のようだった。
この液体の正体がいったい何だったのかは分からないが、生命力を与えてくれる液体なのは間違いなさそうだった。
その証拠に、さっきの力が空気中では使えない。液体が浸かっている部分だけ、肉体を増強できるようだ。
あるいは、さっきのカプセル内の泥と同じ性質をこの液体は持っているのかもしれない。もしくは、さっきの泥がうんと薄まったものが液体に含まれていたのか。
なんにせよ、泥の中から生まれたと思ったら、羊水の海から出られていなかったようだ。
ここから先は益々油断できない。
俺は扉をまたいで、その先へ行く。先の空間は開けていて、先の液体が排出される用水路があってプールになっていて、その分空気がちゃんとあるようだった。
手すりのついた通路が壁面に沿って作られており、フロアの壁は数十メートル先まで続いている。これだけ広くてもまだ屋内のようだが、ここは本当にただの工場だろうか。
俺は、突然眩暈がして、目の前に現れた立体映像を見ていた。最初のカプセルを出た時と同じような、何者かの顔がしゃべりだす……
「やあ、次のステージに進めたようだな。自分自身の光学的情報を利用する術は身についたか?」
「ああ……だけど、もう使えないじゃないか」
「だが、私はこのように映像を照射できる。何故かわかるかね?」
「まだここが、現実じゃない……?」
「そうとも。ここはまだ、現実と呼ぶにはふさわしくない場所だ。だからガイドがいる」
「どういう事だ……」
「次のステージに進む前に、勉強したまえ。そっちの小部屋に生きている携行端末がある。次の世界は、生まれたばかりの君がすぐに死ぬような場所だ」
◇
言われた通り、壁面沿いの小部屋に入ったら、無数の蔵書やファイルと共に、いくつかの端末があった。まだ生きて使えそうな端末を拾い、情報を見ながら進むことにした。
『かつて、大きな揉め事があった。とてつもなく大きな揉め事が。殆どの人類の肉体は損耗し、遺伝子がボロボロに傷ついていた。人類はソイル・エントライズ――ソイレントを使い始めた』
元々は人類の肉体の損壊を修復するために、資源泥を使って肉体を再収束するためのシステムだったのだろうか。
『しかし、人類の肉体の損壊はもっとずっと早くなってしまった……環境汚染は悪化を極め、取り急ぎで修復された人類の肉体は安定性を失い、ともすればすぐに泥とスープに還元されていく』
それが、さっきの泥やスープのようだ。何らかの環境汚染により、肉体が溶けスープになってしまい、再収束が間に合わなくなってしまったのだろう。
『我々は、環境の変化に負けない人間を作らざるを得なかった。蓄積された被験者のデータを元に疑似人格を作り、それを元に厳密に光学的な人間の基本フレームワークを構築……
ソイル・エントライズによる物質化により、無数の人類の中から優秀な遺伝的特質を抽出……強化する事で、やがて環境に適応した人間を一から作ろうとしたのである』
この場所は自己循環型のシェルターのような構造のようだ。外に出れば、恐ろしい放射熱によって身体はドロドロになってしまうのだろう。旧来の人間ならば。
『研究が完成したのかどうか、未知数だ。外の世界に人が生き残っているのかはわからない。しかし、今までに出ていったソイレント兵は、一人たりとて戻ってきてはいない』
ここでレポートは終わっている。
俺は歩きながらそれを読み、ようやく外の世界への扉にまでたどり着いていた。
立体映像が出現し、俺に問いただす。
「覚悟はいいか?この先は汚染された地上だ」
「ああ、大丈夫だ。早く外に出たい」
「不思議なものだな。何故そんなにも外に出たがるのか、自覚しているのか?」
「そのように本能的にインプットされているのか?」
「そうかもしれんな。ただ、お前は好奇心に突き動かされているように見える」
「その通りさ。生まれてすぐに訳の分からない殺し合いまでさせられて、訳の分からない薄暗い建物に閉じ込められて。
そんな事のために生まれたわけじゃないはずだ。俺には生きるべき場所がある」
「フッ……お前たちソイレント兵は持たざる者故幸福だな。それでいい。だからこそ我々は数百年ぶりにソイレント兵を誕生させようと思ったのだ」
「あんたたち、は誰なんだ?」
「忘れてしまったよ。ただ、意志というものの集いだったことだけは覚えている」
「意志?」
「なあ、外の世界どころじゃないぞ。この世界は、完璧に汚染されて、何処もかしこも存在そのものが溶け切ってしまっている。
希薄な情報のマトリクスにまで還元されてしまった世界が、光学エネルギーのか細い収束によって無数の平行時空のように位相が重なり合っている……」
「何のことだ?」
「お前が吸っている空気も、本当の空気と呼べるものではない。生命の泥、生命のスープから生まれし者よ、今もお前は生命のガスを吸って生きているのだよ。
ただ、光学情報マトリクスと化した世界が、ここまで再収束出来ていること自体、お前を生み出したソイレントのシステムが優れていたからだ。
それは、ソイレント兵それ自体が自分自身と共に、自分の見ている世界を再収束させる働きを持つからなのだ。自分の肉体と、自分の見ている世界は切り離せないものだからな……
物質再収束の術を外環境にまで適用し、世界と共に在り続ける事が出来る存在……それがお前なのだよ。
ここからは、お前の視点が世界を作る。ただ、忘れるな。私たちがお前を作り上げたのは、お前意外に助けてもらいたいお方が今も生きているからだ」
「何だって?」
「人類はな、かつて希薄なエネルギー体にまで溶け切ってしまったんだ。物質が物質じゃなくなり、太陽に吸収され、消えていくはずだったそれを、つなぎとめてくれたのは人々の意志の力だ。
意志の力だけが人類を人類のまま情報として保存……いや、記憶してくれたのだよ。そして、人類はとうとう純粋なエネルギー体のまま光速の彼方まで至り、その先にある扉を開いた。
神の扉だよ。しかしな……我々は知ってしまったんだ。そこには寂しがりやな神様がいて、我々のような自分が希薄な存在じゃ、話し相手になれても遊び相手として満足できないんだと」
「興味深い話だ」
「お前ならいずれその方と出会えるかもしれん。生きてさえいればな……お前の存在は、そのための希望だったのさ。
だから我々が遠い昔に滅びたソイルエントライズシステムの工業を一時的に復元した……という事だ。まあ、我々の見ている夢と同じようなものだがな」
「お前たちの見ている夢から俺は生まれたのか」
「そうさ、お前と我々は本来同一人物なのかもしれん。だが、お前は個性を獲得しつつある。我々とは別の存在になろうとしているのだ」
「そうか……じゃあ、お別れだな」
「外の世界には、他のソイレント兵や人類の生き残りもいるやもしれん。全部、お前の見る夢次第だ。やるべきことは分かっているよな?」
「ああ……大丈夫だ」
「グッドラック。じゃあな、頑張れよ」
そして俺は扉を開いて、本当の世界へと踏み出した……
襲い掛かる暴風雨、放射化物質の粉塵にまみれた大気……
異様な大気の中、それでも奇怪な植物が生い茂る森の中に俺は出た。
振り返った時、そこにあったはずのシェルターは、崩壊した廃墟と化していた……
その時、ようやく俺は自分が完全にこの世界に生まれ落ちた事を知った。
しかし、俺は本当に現実に至ったのだろうか?
◇
世界を旅する中、俺は常に朽ちゆく肉体を自己復元し続ける術、断続的に襲い掛かる突発的な死から回復するための術を学びつつあった。
それらはソイレントの殻の中で学び取ったことでもあったから、慣れるのも早かった。
いつの間にか、生命のガスを吸って自分の肉体に還元することも覚え、食の心配もなくなった。
俺はソイレント兵として、朽ちてしまったという世界を旅してまわることにした。
世界環境はもはや人間の住めるものじゃなくなっているようだったが、別の大陸や極付近には人間の住めるところも残っているかもしれない。
俺の目的はだんだん広がっていった。
ある時、汚染された真っ赤な海を見つけて、この海を渡るために船を作ることにした。
資材を集めている最中、俺は初めて自分以外の人間と出会った。
美しい女だった。
彼女は、遠い昔からいろんな場所をあてどなくさ迷い歩いていたのだという。
「昔は、沢山の人々がいた。私は、人々の目には見えなかったんだけどね。でも、ようやくこうして、私の事を見える人が出てきてくれた。触れ合って、話が出来る」
「初めてなのか?」
「ええ」
俺は彼女と結婚するのだろうと思う。そして、滅びてしまった世界もこれからは盛り返すかもしれない。
ただ何となく、そう思った。
END