Victo-Epeso’s diary

THE 科学究極 個人徹萼 [CherinosBorges Tell‘A‘Bout] 右上Profileより特記事項アリ〼

いつか来る未来のために

いつか来る未来のために



人類が増えすぎた人口を宇宙に移住させるようになってから長い時が過ぎた。
宇宙暦899年、地球に巨大隕石群が降り注いだ。
それは広範囲にわたって被害を及ぼし、
一部の都市を崩壊させ、大洋に落ちた隕石は大きな津波をおこした。
だが、これだけでは終わらなかった。
数日の後、隕石群の第二波が地球を襲った。
それは、直径10Kmをゆうに超える巨大な隕石を含んでいた。
隕石衝突の衝撃と熱波は人々を襲い、
更に沢山の土砂を上空に巻き上げて日光をふさいだ。
そしてやがて、地球上の生命は死に絶えた……

隕石群の第二波が襲来するのを宇宙局が告げたのは、
それが衝突する2日前のことだった。
彼らは数年前からこの隕石の衝突を予言していた、と言った。
そして、滅び行く地球からの脱出の計画を告げた。
彼らは、大量の宇宙船を建造していた。
地球外へと人類を避難させるために。
しかし、全人類を地球から脱出させるには、数年と言う時間は
あまりにも短すぎるものだった。
多数の宇宙船が地球を飛び立ったものの、
その移住人口は地球上の全人類の一割にも満たないものだった。
残された地球上の人類たちは、ただ静かに滅びの時を待つかに思われた。
だが、その傍らで秘密の計画が進められていた。

レナ・アスパーの家族にその招待状が届けられたのは、
隕石の第一波が衝突する1日前のことだった。
その招待状とは、
地球の地下に建造された巨大なシェルターへの入居権利証だった。
隕石への対策として、宇宙船による大脱出のほか、
地下にシェルターを作って一部の人類を生き延びらせる計画があったのだ。
そして、そこに書かれた隕石衝突の事実と権利証については、
誰にも口外することが無いように厳密に注意されていた。
恐らく、民衆の間でパニックが起こるのを防ぐためだろう、とレナは思った。
選ばれた特定の人々だけがシェルターに入る事を許され、
それ以外の大多数の人間は滅び行く地上に取り残されるのだ。
だが、何故自分たちが選ばれたのだろう。
特別な地位や権力を持っているわけでもない、自分たちのような人物が、何故。
無作為に選ばれて、たまたま運良く自分たちが当たったということだろうか。それとも……
考えても答えは出なかった。
とにかく、彼女と彼女の両親、そして彼女の母方の祖父は、
一家全員で指定されたシェルターの入り口へと向かった。

シェルターの入り口は、広々とした野原にぽつんと立っていた。
一見すると、何でもない、どこにでもあるような小さな小屋だった。
中に入り、受付の女性(後ろには強面の警備員らしき男性が幾人か立っていた。
恐らく、トラブルが起こった時のためにいるのだろう)に権利証を渡すと、
後ろにある地下への階段へと案内された。
長い階段を下りていき、そしてまた長い通路を歩いていくと、エレベーターがあった。
地下シェルター直通のそれに乗って、レナたちは下っていった。

たどり着いた場所は、広々とした空間だった。
外周に植物が植えられている地面があった。
中央のスペースは公園緑地になっているようで、
外周を歩いていくようになっている。
そのそこら中にベンチやコンピューター端末が設置され、
そして、4方に大きな廊下が伸びていた。
近くに4人ほどいた制服姿の人間が、こちらに気付いたようで、
その内の1人、若い女性が歩み寄ってきた。
「ようこそ、シェルターへ。まず、住居登録を済ませてください」
そう言って、その女性はコンピューター端末までレナたちを引き寄せた。
女性の説明によると、このシェルターは
A~Lの12ブロックの居住スペースがあり、
それぞれの階に4ブロックずつ、3階に分けられていると言う。
レナたちはコンピューター端末で住居登録を済ませた。
割り当てられたのは2階のJブロックの一室だった。
さらに、コンピューター端末はより詳しい情報を与えてくれた。
それによると、このシェルターは資源保存・循環方式を採用しているという。
それは、簡単に言うと、人間が食料を食べる。そして出た排泄物は、
尿はろ過され、また飲料水に。便は土壌を作る肥料として利用され、
ろ過された尿の水分の一部と共に植物を育てる。
そして、育った植物はそのまま食料になったり、家畜の餌として、
育て上げられた家畜を食料とするのに役立てる。
下水も完全にろ過され、飲料水や植物を育てるための水として循環される。
印刷される紙なども完全に再生紙となり、不要な紙は回収される。
植物は人間の消費した酸素を、二酸化炭素から酸素に戻し供給する。
そんなふうに、全てが循環されるシェルター。
シェルター内では外部から資材を取り入れることができないので、
完全に資源を循環させる事で、人間がずっと長い間生活できるようにする。
このシステムは宇宙空間では当たり前の方式になっている。
宇宙ステーションや、初期の火星移民船もこの方式によって維持された。
ただし、このシステムのおかげで、
食料は供給された分のみを口にすることになる。
このシェルターでは、毎日自動的に食料品が供給され、
それ以外のものは口にしてはならないということだった。
また、このシェルターには医療スペースは設置されているが、
教育スペースや娯楽スペースは無いとの事だった。
居住スペースの各部屋にある電子端末でそれを補うとの事だった。
教育もは電子短滅を頼りに保護者が行い、
娯楽もそれと同様にするのだろう。
レナたちは、大体このシェルターの環境が把握できた。
そして、コンピューターによる解説が終わったので、
早速自分たちの居住空間へと足を運んでみる事にした。

最初に乗ってきたものとは別のエレベーターに乗り込む。
第二階層に移動した。
円形の通路の、外周から4方に伸びている廊下の一つに足を運ぶ。
その先は蜘蛛の巣状に広がった細かい通路があった。
迷わないように道順を覚えながら進む。
J-304。目的の部屋にたどり着いた。
中に入ってみると、思いのほか広々とした空間だった。
各種のコンピューター端末が用意されている。
ベッドは2段ベッドが3つ。
食料が供給されるための機械がスペースをとっている。
恐らく、この出口から運ばれてくるのだろう。
こちらの入り口は食器を返却する口だろう。
完全に機械制御になっているようだ。
一通り目を通すと、他にめぼしいものは無かった。

レナ・アスパーは17歳の少女だった。
まだまだ若く、身体は成熟しつつあっても、
心の底には両手で抱えきれないほどの子供じみた好奇心に満ち溢れていた。
なので、彼女がそれを押さえ切れなかったのも当然の事だ。
「ねえ、私ちょっとその辺探検してくるね!」
そう言い残して、彼女は部屋を飛び出し、
この広大なシェルター内の探索を行った。
まず、居住スペースを奥のほうへと進んでいった。
一体どれだけの居住スペースが用意されているのだろうか、
という好奇心から起きた行動だった。
奥のほう、奥のほうへと進んでいった。
だが、行けども行けども同じような光景の連続。
中々終わりは見えなかった。
彼女の感じた時間で、20分ほど(あくまでも、彼女の感覚である)歩いたところで、
やっと居住スペースの端までたどり着いた。
思った以上に居住スペースは広くなっているらしい。
彼女は好奇心を満たし、満足して元の道を引き返した。
だが、まだこれで終わりではない。
彼女は今度はちょうど反対側、居住スペースを出る方向に向かって歩き出した。
中央の広場の周りは、更に円周状の構造になっていて、
各ブロックの間の仕切りは無かった。
そして、その通路と中央の外周の間には、
医療スペースやコンピュータールームなどが並んでいた。
彼女はそれらを一つ一つ確認した後、中央の公園に入った。
公園の中は木々が鬱蒼と繁っており、それでも開放感のある自然環境だった。
彼女はその中の人工池を覗いて見た。
魚たちが優雅に泳ぎまわっている。
そのうち、ピチャンと魚が跳ねた。
水しぶきが顔に当たった。
それがたまらなくおかしく感じて、彼女は笑った。
「変わってるね、君」
突然後ろから声をかけられた。
ちょっとだけびっくりして後ろを振り返る。
そこには、彼女と同年代くらいの少年がいた。
黒っぽいまとまった髪の下で、端正な顔をゆがめてなにやらにやにやしている。
「いきなり人に、変わってる、とか言うのは失礼じゃない?」
「ああ、ごめんごめん。でも、本当にそう思ったから」
「どうしてよ?私がここにいちゃ不自然な理由でもあるの?」
「ほとんどの人は部屋で電子端末をいじってるに決まっているよ。
何しろ、世界中から集められたデータベースに直接リンクできるほどの、
高級な代物なんだから。それなのに君と言えば、
こんな誰も見向きもしないような公園で自然を楽しんでいるようだ」
「あなたも見向いているじゃない。私だって」
「僕は別に自然を楽しんでいるわけじゃないよ」
「あら、じゃあどうしてこんな所に?」
「うん、むしろその逆。逆なんだよ」
「逆……って、どういう意味?」
「ここには本物の自然なんて無いんだよ。一見自然だけど、
本当は人工的な世界が広がっている。そのギャップが面白いんだよ」
「どうして?こんなに緑が沢山あるのに?」
「例えばその池を見てごらん。一見無造作にそこにあるように見えるけど、
実の所そうじゃない。実際には、水の循環や酸素の供給なんかが、
池の魚たちにちょうどいいように設定されているんだ。この木々だって同じ事さ」
「信じられないわね。こんなに綺麗なのに?」
「いいかい、このシェルターには居住区画の他にいくつもの"プラント層"が存在する。
それは人工的に自然環境を再現して、資源を循環させているんだ。
どんなに見た目は綺麗でも、本当は資源を摂取するための人工物に過ぎない」
「でも……」
「信じたくない、ってだけじゃないかい?自分の目では本物だと思えたのに
実は人工的に操作された、ある意味"偽者"だなんて知ったんだから」
「ええ、それは認める。でも、それは本当に?何であなたはそんな事を知っているの?」
「僕の父さんは特別なんだ」
「特別?って……何?」
「おっと……口が過ぎたかな……これ以上はそうそう話せないね」
「ずるいわね、洗いざらい話してみなさいよ」
「君が信頼に値するのかどうか、分からないからね」
「これでも口は堅いほうよ」
「おやおや。あまりそうは見えないけど、自分で言うからには自信があるようだね」
「うん。だから大丈夫。話をやめないでね」
「そうはいかないね。そういう下手に自信がある奴ほど信用ならない」
「ああそうですか。どうしても駄目なようね。でも、これだけは教えて」
「何を?」
「あなたの名前は?私は、レナ・アスパー」
「僕は、リウ……リウだ」
「良かった。これは教えてくれたね。リウ君は、今何歳?」
「今年で16歳だけど」
「何だ、私より年下じゃん。生意気なの」
「生意気って言うなよ。たった1歳の違いじゃないか」
「そうね……まあ、いいわ。私そろそろ家族の所に戻らなきゃ。
縁があったらまた会いましょう、リウ君」
「別に期待はしないよ」
「やっぱり生意気なの!じゃあねー」
「……嫌な奴」

レナとその家族は、自室でテレビを見ていた。
それは、地球に隕石群が降り注ぎ、甚大な被害が出た、というニュースだった。
「今まであまり実感が無かったけど」
「そうだな」レナの父が相槌を打った。
「本当に隕石が地球に降り注いでくるのね……
このまま行くと、隕石の第二波で地上の文明が崩壊するってことだけど」
「まだ、それはニュースではやっていないみたいだね」今度は母が。
だが、それは数日の内に宣言された。
彼女達が見ていたテレビ放送で、隕石の第二波により地球が壊滅するのは免れない、と。
残された時間はあと2日。それを過ぎれば、テレビ放送など無くなるし、
外部ネットワークに接続する場合でもその大部分が駄目になってしまっているだろう。
そのために、このシェルターのネットワークコンピューターには、
外部ネットワークの膨大なデータライブラリが蓄積されていた。
それは、もう変化する事は無いが、それでも長い間時間を潰すのには
苦労もしない事だった。彼女達はその数日間、この電子端末の使い方を理解し、
知識を深めることに時間を注いだ。
そこで、電子端末の機能の一つとして、
シェルター内の人々と会話できるチャット機能が備えられている事を知った。
この機能には家族全員が嵌ってしまったものだ。
見ず知らずの人とくだらない話に明け暮れるのは楽しかった。
しかし、その間も彼女はそれだけに嵌ったわけではなかった。
中央部の公園を散歩するのが日課となっていた。
たとえそれが人工的な自然環境であったとしても、
気分が晴れるのは確かな事だった。
それと、彼女にはもう一つ目的があった。
あの少年、リウと会うことだった。
彼は毎日公園の中にいた。まるで、彼女を待っているかのように。
2人は、電子端末のチャットと同じか、あるいはそれ以上に会話を楽しんだ。
両者とも、心の奥底に何かを隠しながら、それでも惹かれあうように会話を続けた。
「明日、世界が終わる」
「いよいよ明日、なんだね」
「そう。僕たち選ばれた者達だけが生存を歓喜し、
その他の大部分のものは死に絶えてしまう。」
「案外、このシェルターでももたないかもしれないけど」
「まさか。不吉な事を言うなよ。隕石の衝撃波と熱波は確かに凄まじいだろうが、
それが地下深くのここまで影響されることは無いさ」
「ん……。まあ、そりゃそうだよね。色々計算されてるだろうし」
「今日はあまり元気が無いみたいだね」
「明日になると、みんな死んじゃうのかと思うとね……」
「そんなに自分以外の人間が死ぬのを辛く思う必要なんて無いのに。
酷い話だとは思うけどね。それでも僕らは生き残れる。その意味を考えないと」
「うん。分かってはいるよ。だけど……
地上には色々友達がいた。知ってる人がいた。それらの人々を見捨てて、
自分だけ生き残るのかと思うとね」
「しかたないさ。心の中で手を合わせるしかない。僕だってそうだよ」
「うん……ごめんね、辛気臭いこと言って」
「今は、早く帰って寝ることだね」
彼女はそうした。

「みなさん、ついに地球が終わる時です。肉眼でも確認できます。
あれが、この地球を滅ぼす巨大隕石なのです。
ああ、ついに時間が来ました……さようなら、皆さん。
この地球の皆さん、さようなら!」
テレビは巨大な騒音とともに画面が消え、やがて砂嵐に変わった。
「本当に、終わってしまったんだね」
レナは砂嵐だけを表示する画面を見つめながら、呟いた。
答えるものは無く、しばらくの間沈黙が場を支配した。
だが、その沈黙を破ったのは彼女の祖父だった。
「お前ら、そんな辛気臭い顔せんと。わしらだけでも生きている事に感謝せな」
「そうだね。私たちが生きている限り、地球は完全に滅びたわけじゃないもの」
「そうそう。地球はまだ蘇る事ができる。そのために頑張って生き続けなあな」
「どんなに辛くても、私たちには生きる責任がある。
死んでいった人々のためにも、絶対生きていかなくちゃね」
「レナ、お前もいつの間にか大人になったな」父親が言った。
「うん。だって、そう思わなきゃいけないんだもんね。一緒にずっと生きていこう。
お父さん、お母さん、おじいちゃん。みんなで生きていこう」
彼女達は抱き合った。悲しみも喜びも分かち合うように。

それから、数週間の時がたった。
レナはいつもの公園でリウと話をしていた。
だが、今日の彼女はそれだけが目的で公園に来たわけではなかった。
「待ち合わせ?ここの公園で?」
「そう。プチオフ会。チャットで知り合った人とね」
「相手の人も同じ階層の人なのか?」
「うん。ハンドルネーム・ビナスさん。私と同年代の女の子なの」
「ふーん。どこで待ち合わせしたのさ?」
「J区画側の第2ベンチの方。リウも一緒に会ってみる?」
「でも、迷惑じゃないかな」
「気にしないでいいって。人は多い方が楽しいから。来ればいいよ」
「しかしなあ……」
「じゃあ、命令形ね。一緒に来なさい」
「僕はいつからお前の奴隷になったんだよ!?」
「つべこべ言わないで来なさいってば。もうすぐ待ち合わせの時間よ」
「わかりましたよ、行けばいいんだろ」
「それでよろしい」

「それらしい子はいないけど」
J区画側の広場には、何かを話しているカップルらしき若い男女と、
お腹が膨らんだ女性――おそらく、妊婦だろう――が、いるだけだった。
「あっれー?待ち合わせの時間は今のはずだけど」
「遅れてるんじゃないか?待ってみようか」
しかし、5分間程待ったが一向に現れる気配が無い。
その時、ベンチに座っていた妊婦が重たそうに立ち上がり、2人に近づいた。
「あのー……もしかしてあなた、ハンドルネーム・明日奈さんですか?」
「えっ?もしかしてあなた、ビナスさん?」
「ああ、やっぱり!カップルで来ていたから違うのかと思ったわ」
「えええ?こいつとは何でもありません。カップルなんかじゃないですよ。
ただの知り合い……いや、友達、かな。でもすいません。いきなり男の子と来てれば、
ただのカップルみたいに見えますよね」
「僕たちは本当にただの知り合いですから」
「ふふ、まあいいわ。でも、本当に仲がよさそうだったから」
3人は横にあったベンチに腰掛けた。
「でも、私も驚きましたよ。てっきりビナスさんは私たちと同年代だと思ったから。
まさか妊婦さんとは思いもよらなかったですよ」
「そう?別に意識して騙したつもりは無かったけど……
若く見られたんなら嬉しいわね」
「そうだ、本名は何ていうんですか?いちいちハンドルネームじゃ面倒ですからね」
「私の名前は明美。あのハンドルネームはね、明けの明星、ビーナスからとったのよ」
「私はレナ・アスパー。明日奈っていうのはアスパーのもじりです。
そして、こっちの男の子はリウっていいます」
「よろしく、明美さん」
「ええ、よろしくね」
明美さんは何歳なんですか?私は17、リウは16ですけど」
「私は26歳よ」
「ええ!そうなんですか?もっと若く見えますけど」
「ありがとう。たとえお世辞でも嬉しいわ」
「いやいや、本当ですって。本当に、十台後半くらいにも見えます」
「あはは、それは嬉しいな」
「そうだ、お腹の赤ちゃんは今何ヶ月くらいなんですか?」
「今はね、9ヶ月と数週間くらいね」
「あれ、それならあまり外に出ない方が良かったんじゃないですか?
すいません、こんなこととは知らずにオフ会とか言っちゃって」
「いいのよ。私は大丈夫だから」
「でも、赤ちゃんは分かりませんし……」
「大丈夫、大丈夫」
そういって明美は立ち上がった。だが、すぐに地面にへたりこんだ。
「あっ、だめ……」
「どうしたんですか?大丈夫ですか?」
「駄目……破水しちゃったみたい……」
「え!?そんな、どうしたら……」
「医者を呼ばないと!」リウが言った。
「そうね、待ってて、今すぐ医者を呼んでくる!」
レナはそう言って走り去っていった。
「あの子の言ったとおりだったわね……ちょっと無理しちゃったかな……」
「落ち着いて、横になって。すぐに医者が来るはずですから」
リウはなだめた。

レナとリウは医療スペースで医者が出てくるのを待った。
そして、とても長い時間が流れたように思えた。
だが、子供の産声が聞こえた事で、緊張は和らいだ。
そして、医者が出てきた。
「無事、出産は終わりました」
「本当ですか!」
「ええ。元気な赤ちゃんが生まれましたよ」
「良かった……明美さん、大丈夫だったんだ」
「ええ。もう落ち着いていますよ。面会していきますか?」
「はい。ぜひ会わせてください」

「良かったですね、明美さん」
「ええ。本当に」
「いきなり破水したって言った時は心臓が止まるかと思いましたよ」
「ごめんね、心配かけて。それより、赤ちゃんを見てみなよ」
「はい」
「可愛い顔でしょ、女の子だそうよ」
赤ん坊は静かに寝息を立てていた。
「本当……かわいいですね」
明美!」
そこに、男が1人、叫びながらやってきた。
背は普通くらいだが、体格は貧相で、やせっぽちな男だった。
明美、大丈夫だったか……赤ちゃんは?」
「そこよ、あなた」
「おお……良かった……連絡を受けた時はびっくりしたよ。
まさか、この時期にいきなり出産だなんて」
「私も驚いたわ。でも、未熟児だそうだけど、元気な赤ちゃんが生まれてよかった」
「この2人は?」
「ああ、僕たちは明美さんのちょっとした知り合いです」
「ごめんなさい。私たちのせいでこんな事になったようなものですから」
「いいのよ、レナさん、リウくん。私は別に大丈夫だったんだから
それよりレナさん、早急に医者を呼んでくれてありがとう、と言いたいところよ」
「そんな。私は別に……」
「リウくんも、倒れた時に手を握って落ち着かせてくれたね。ありがとう」
「……ど、どうも」
「僕からもお礼を言うよ。ありがとう、君達」男が頭を下げながら言った。

短く刈りそろえられた黒髪の中年の男は、
目の前のコンピューター・スクリーンを見つめながら呟いた。
「また人口が一人増えたか」
スクリーン上にはシェルター内の各エリアの人口の数値が示されていた。
その部屋に、リウは入ってきた。
「父さん、ただいま……」
「リウか。いい所へ来た。これを見るがいい」
男はタッチパネルを操作し、スクリーンの表示を切り替えた。
「これは……現在の人口が人口最大許容数を上回っている?」
「そうだ。我々は本来の任務を果たさなければならない、という状況になった」
「本当にやるつもりなの……?」
「当然だ。我々がここにいる理由は、そのためにあるのだから。
それに、これは仕方の無い事でもある。
このシェルター全員のことを考えれば、これは良い行いなんだ」
「でも、だからといってそんな事は……人道に外れている――非道徳的
――倫理に抵触する――陳腐な表現だけど、実際にそういうことをするんだろう?」
「確かにその通り。だが、一握りの人間が犠牲になることで
大勢の命を救えることになる。いくら倫理を説いたところで、
多数の人間が少数の人間より優先されるのは当然の事だ」
「人の命は地球より重い……だが、その地球上に何人の人間がいるのか……
そういうことを言いたいわけか。確かにそれも分かるよ。
理解はしている。でも、納得はできないんだ」
男はため息をつき、
「そこまで言うなら仕方が無い。今回はお前は来なくてもいい。
私だけで行うとしよう」
「それはありがたいね」
「だが、いつまでも避けてはおれんぞ。私がもし……いなくなったら、
お前は1人でこれを引き継がなければならないんだ」
「分かってる……気分が悪い。やっぱり今回から行かせてくれないか?」
「そうか。その気になったのだな。もっとも、私自身の仕事は少ない。
全てはコンピューターが管理してくれる。私は案内をするだけだ。
簡単な仕事だ。お前も診ているうちに覚えるだろう」
「分かった。行こう」

まもなくして、レナの部屋にそのメッセージは届いた。
「おじいちゃん、電子端末に何かメッセージが届いてる」
「何?どれどれ、見てみんとなあ。どんな用件やね?」
レナの祖父はスクリーンに映ったメッセージを黙読した。
「なんて書いてあった?」
「何かのう、一定年齢以上の高齢者は別のブロックに移されるそうじゃ。
そのブロックにわしも移されるらしい」
「別のブロック?どのブロックよ」
「ナンバー13、Mブロックだそうじゃけん、そんなブロックは聞いた事無いのう」
「移されるって、どういうこと?」
「いずれ介護などが必要になる老人を、自動的に生活補助し、
隔絶するためのブロックだそうじゃ」
「隔絶!?まさか、そんなことって。おじいちゃん、まだまだ元気じゃない」
「だが、そこに行かんと、食料の供給をストップするらしいんじゃわ」
「そんな、酷い。おじいちゃん、私の食事を分けてあげるから」
「いい、いい。お前に迷惑はかけられん。わしはそのブロックに行くわ」
「でも……」
「いいんじゃ。お前は何も言うな」
「お父さん……本当にそれでいいの?」レナの母親が言った。
「お前らの顔が見られなくなると思うと嫌じゃけん、
わしもそろそろ年じゃ。そのブロックに行った方がよかろ。
わしは決めたんじゃ。わしはそこに行く」
「お義父さん……そこまで言うなら仕方ありません。ですが、ご達者で」
「ありがとうな、自分。じゃあ、行ってくるわ」
こうして、レナの祖父は姿を消した。

その翌日、レナはいつもの公園に行ったが、リウの姿は見えなかった。
リウが現れるのを待ってベンチで休んだり、
公園内のいつもと違うルートを歩き回ってみたりしたが、
それでも一向にリウの姿は見えなかった。
仕方が無いので、いつもはリウと話をしている時間に、
とっとと自分の部屋に帰った。
それから、電子端末を使ってチャットを楽しんだ。
明日奈:赤ちゃんは元気ですか?
ビナス:はい、とっても(^-^)今も私の膝に乗っかってます。
明日奈:今度また会いましょう。赤ちゃん触らせてくださいね。
明日奈:あ、今度って言っても出産後で体調は大丈夫ですか?
ビナス:ええ、OKOKです。いっぱいなでてあげて結構ですよー。
明日奈:気が利かなくて、ごめんなさい
ビナス:大丈夫ですよ、>体調のこと
ビナス:気を使わなくたって大丈夫です。もう大分体調も戻ってきましたから。
明日奈:でも、やっぱり無理は良くないですよ。この話はまた今度にしましょう。
ビナス:ごめんなさい。じゃあ今度と言う事で。
明日奈:そういえば、うちのおじいちゃんが特別ブロックに移動したんですけど
明日奈:この話しについて、知ってますか?
ビナス:特別ブロック?分かりませんっ、ごめんなさい
明日奈:なんか、高齢者の介護用の施設らしいんですけど
明日奈:知らないんだったら結構です。ごめんなさい。ほかの話をしましょう。
ビナス:なんの話か、聞かせてくださいよー。気になるっ!
その後も、延々とチャットのログは溜まっていった。
気がついた頃には、もう夕食の時間だった。
配給された食事には、大きなミートキューブが含まれていた。
レナは何の気なしに、それをフォークで突き刺し口に含んだ。
中々うまかった。今まで食べたどんな肉とも違う味だった。
魚肉や鶏肉はもちろんだが、豚や牛や羊とも違う、変わった風味があった。
舌を刺激するのは、絶妙な香辛料だった。
もともとこの肉はもっと独特の臭みがあったのだろう。
それを香辛料で美味に変えているわけだ。そうレナは思った。
そんなことを考えながら食べていると、口の中にゴリッとした感覚があった。
思わず口から飛び出してしまったそれを見た。
金属の破片だった。
それはねじれ曲がった、元は指輪のような形状だったであろう物体だった。
レナはそれに見覚えがあった。
――おじいちゃんがどんな時でも絶対指につけていて、外そうとしなかった指輪。
死んだおばあちゃんの形見の指輪――
まさか。
心の中でそう思った。そして、その言葉は思わず口からこぼれていた。
「まさか」
「どうかしたの、レナ?」母がたずねた。
しかし、レナは無視して立ち上がった。
――確かめなくちゃ――
彼女は部屋を飛び出し、がむしゃらに駆け抜けた。
そして、中央通路にたどり着いた。
彼女は各階層をつなぐエレベーターに飛び乗った。
特別フロアのボタンを押す。だが、動かなかった。
「指紋照合、網膜照合共に登録外。このフロアには入れません」
「馬鹿っ……そんなこと言ってないで、行かせなさいよ……!」
何度押してもエラー警告が出るばかりだった。
彼女は意気消沈してエレベーターを降りた。
ふらふらと足元がおぼつかない足取りで、歩いていた。
無意識のうちに、彼女はいつもの公園にやってきていた。
そこには、無表情でベンチに座るリウの姿があった。
彼女は無言でその隣に座った。
しばらくの間、2人とも沈黙していた。静寂が場を包んだ。
リウは、ふと目を泳がせて、横に目をやった時、やっとレナの存在に気付いたようで、
かすかに笑みを浮かべた。そして言った。
「こんな時間にどうしたんだ?」
「あなたこそ。昼間はいなかったくせに」
「ああ」
彼はため息をつき、ゆっくりと体を前に倒した。
レナはそれを見てちょっとためらいながらも、言った。
「ねえ……こんな事ってあると思う?」
彼女はくすくすと笑った。
「話してごらん」
「今日の夕食はもう食べた?」
「まさか」
「どうして?」
「食べられるわけが無いさ……あんなもの」
「……まさかあなた、知っているの?」
「君も気付いてしまったのか?」
「あなたが考えている通りだと思う」
「そうか……気付かれてしまったか」
「私のおじいちゃんがね、教えてくれた」
「そうか……君の祖父までもが……」
「ねえ、あなたはどうして分かったの?食べれるわけが無いって、
最初から知っていたような口ぶりじゃない」
「は、ははは!どうして分かっているかだって?そんなの……」
「一体どうしたの?」
「そんなの……分かってて当然じゃないか。
それは僕がやった事なんだから!」
「……え?」
「僕がやったんだよ!……僕が」
「まさか!あなたがどうしてそんな事をするの?」
「理由なんて関係ない。僕はそれをやってしまったんだ」
「理由だって関係あるわよ。一体何故?」
「弁解させてくれるのか?僕を攻めないでくれるのか?君のおじいさんまで殺してしまったのに」
「あなたがそんな事を理由も無くするわけが無い。だから話してみて」
「僕の父さんは特別だって言っただろう?」
「そうね。最初に会った時、そう言ってた」
「僕と父さんは最初からこのシェルターに入ってくることが決まっていた人間なんだ。
他のある程度無作為に選ばれた人間たちとは違って、
最初からシェルターの管理者としての仕事を与えられてたんだ」
「管理……って、どういうこと?」
「僕の父さんはこのシェルターの人間を間引く仕事を与えられていたんだ」
「間引き?」
「そう。このシェルターの中は資源を循環させて動いている。
だが、そこに人口が増えすぎたらどうなる。
資源は見る見るうちに枯渇し、このシェルターは死んでしまう。
これを防ぐために、年配層の人間を間引かなければならないんだ」
「そんな……だったら最初から人口が増える事を想定して
資源をその分沢山積んで置けばよかったんじゃないの!?」
「そのはずだったさ!でも、事情が変わってしまったんだ。
政府側はこのシェルターに入る人間を選ぶとき、
ぎりぎり限界まで人間を入れさせるように命じてきたんだ!
おかげで資源の循環は限界に近い状態だった。
だから、予定よりずっと早く間引きを開始しなければならなかったんだ」
「でも、本当にそれでいいの?いくら何でも、残酷すぎる!
まだ生きていられる人間を強制的に食料に変えてしまうなんて!」
「僕だって何度もそう思ったさ!でも、仕方が無いんだ……」
「そんなふうに諦めていいの!?きっと何か、他の解決策がある!」
「でも、父さんは……」
「ねえ、私をそのお父さんに会わせて。話し合いをすれば、何かきっと解決するわ」
「そんなこと言われたって……」
「ねえ、お願い。あなただって今の状況に疑問を抱いているんでしょう?
だから、2人で一緒に話し合いに行きましょうよ。きっと分かってくれる」
「……わかった。一緒に父さんに会いに行こう」
「今はどこにいるの?」
「特別エリア内のナンバー13、Mブロック。
間引きされる対象の年配者を除いて、
普通の人間には入れない禁断の領域。間引きのための最終関門。
でも、僕と父さんは自由に出入りできるようにプログラムされている。
そこで父さんは間引かれる対象の人間を騙して案内しているはずだ」
「そう。私が1人で行こうと思ったときには開かなかった。
でも、あなたと一緒なら行けるのね」
「そうだ。一緒に父さんに会いに行こう」

2人は共に一般エリア移動用エレベーターの中に入った。
そして、特別エリアへのボタンを押した。
指紋照合、網膜照合ともにパスし、
エレベーターは静かに動き出した。
エレベーターを降りたら、リウの父親がいる場所までは一直線だった。
顔をあわせるなり、リウの父は明らかに顔をしかめ、憤慨した。
「リウ!……お前、何をやっているんだ。一般人を勝手に連れ込むとは……」
「父さん、どうしても話したい事があるんだ。
だから、彼女を連れてきたんだ」
「話など……さっさとその少女を連れて帰るんだ!」
「リウのお父さんですね?私は、あなたの行っている間引きのことについて話が……」
「リウ!お前、私たちの仕事のことを話したのか!?馬鹿な!」
「私たちは話し合いに来たんです!何か、今の状況を解決させる手段があるはずだって!」
「そんなもの、ありはしないだろう。何が話し合いだ!」
「ねえ、例えばこんなのはどうです?年配者を切り捨てる前に、
余分な新生児を増やさないようにするんです。
子供をつくることに一定の規則を設けて、破ったものにはペナルティを与えるんです」
「机上の空論だな。そんなことをしたところで、すぐに破綻するに決まっている」
「どうしてそんな事が分かるんですか!?そんなふうに言って
いきなり老人を殺していくことがたった一つの正解なんですか!?」
「そうだよ。それが分かっているからこんなことをしているんだ」
「父さん!少しは彼女の意見も聞いてくれ!」
「馬鹿めが!あくまでこれが正義なのだ。他にどうしようもない!」
「人間の可能性を信じたらいけないんですか!?」
「理想だけを追求して生きていけるほど世の中は甘くないと言う事だよ、お嬢さん。
このままいくら話し合いをしても、根本的な考え方が違う。話にならないな」
リウの父親は服の内ポケットに手をやった。そして、その手と共に現れたのは、
一丁の拳銃だった。
「我々以外にこのプランを知るものがいてはいけない。悪いがお嬢さん、
君にもミートキューブになってもらうよ」
レナは驚き退いたが、すぐに気を持ち直し、立ち向かった。
「私は死んだって構わない!だから、どうか考え直して!」
「言いたい事はそれだけか」
リウの父親の指がそっとトリガーを引いた。
そして、一発の銃声がその空間に響いた。
レナはとっさにつぶった目をそっと開いた。
リウの父親は血を流し、倒れていた。
後ろを振り返ると、そこにはリウが硝煙の立ち昇る拳銃を構えている姿があった。
「リウ!」
彼女は小走りに彼の元へと歩み寄った。
「リウ……どうしてこんなことを……私は死んだって構わないって言ったのに」
「ごめん……ごめんよ……でも、耐えられなかったんだ!君が殺されるなんて!
たとえこの世界が死んだって、君がいなくなるなんて……
そんなの、耐えられなかったんだ!」
「……ありがとう、私もリウのことが好き……
だから、そんな人殺しの罪をかぶせたくなんて無かった。
ごめん……ごめんなさい……リウ……!」
「仕方が無かったんだ」
彼は拳銃をがちゃり、と床に落とした。
長い間、彼らは揃って泣き叫んだ。
床にうずくまり、涙を流し、体を震わせた。
涙も枯れ果てぬうちに、彼は立ち上がって、言葉をつないだ。
「いつまでも泣いている時間は無いよ……」
「……うん」
彼女も立ち上がり、涙をぬぐった。
「そうだよね」
「それより、父さんは死んだ。僕たちが、このシェルターの新しい秩序を作っていかないと」
「うん。頑張らなきゃね……」
彼女達はMブロックを閉鎖した。
シェルター内のコンピューター・プログラムを書き換え、
二度と老人がそのエリアに呼ばれることは無くなった。
そして同時に、新生児を出産する上で、厳しい規定を織り交ぜた。
これによって、シェルター内は新たな秩序を取り戻すはずだった。

4年後。シェルター内のエリア3・Jブロックの隅の居住スペースにて。
子供の泣き声がその部屋の中にこだましていた。
「ねえ、リウ、レコが泣いてる……」
「わかってるよ。きっとお腹がすいたんだろう」
「そうでしょうね」
レナは困った顔をした。
「どうすればいいのかしら。私たちだって
限界まで切り詰めてあの子に食事を与えているって言うのに」
「……あの子は、生まれてくるべきではなかったんだろうか……」
「まあ、なんて事を言うの、リウ!あの子は私たちの愛の結晶であり、
私たちの新たな希望でもあるのよ!」
「わかってるさ。冗談だよ」
「今度そんなことを言ってみなさい。ぼろぼろにしてあげるから」
「……今度は真面目な話だ。あの子は、生まれてくるべきではなかったかもしれない」
「あのねえ……」
「そもそも、僕らが子供を作る時点で人口は増えすぎていた。
そもそも、子供を作るに当たってもっと厳しい制限を課すべきだったかもしれない。
おかげで今の時代、新生児の数が多すぎて食料の供給が限界を超えている。
あまりにも少ない食料で、ぎりぎり何とか生きていける状況だ。
こんな時代にあの子を産んで、苦しめたりするのが間違いだったかもしれない」
「……わかってるわよ、私だって。でも、それを認めたら……認めたくない」
彼女は俯いて表情を隠した。
「……考えている事があるんだ。この状況を解決するための事」
「聞かせてちょうだい」
「子供を作ることを完全に禁止するしかない。人口がある程度まで減少するまで」
「でも、それは机上の空論だったわね。実際、子供を作る事に関して
制限を設けたのに、それは破られてばかり。おかげでこの有様よ」
「もう一つ……試したい事があるんだ」
「なあに?」
「特別エリアのMブロックを一般に解放する」
「それって……人間を殺してミートキューブを造るための架空の居住スペースでしょ?
まさか!私たちがあなたのお父さんを止めたのに、それと同じ事をしようって言うの!?」
「違う。あくまで一般に開放するだけだ。使うかどうかは人々に判断してもらう」
「自殺を推奨するって言うの?それとも、子供を殺したりする親がいるかもしれない」
「そうだね。いずれにしろ、今のままではいずれ食料が供給できなくなる。
そのボーダーラインを超えてしまったとき、今のままではどうにもできない。
だけど、Mブロックを解放すれば、ある程度の解決にはなるかもしれない」
「酷い話ね」
「だけど、もうこれしかないんだ」
「わかった……どうしてもやるしかないのね」
「うん」
「……私たちもいずれ、あの子のために自決する事になるかもね」
「そのときは一緒だよ」
「ええ、そうね。最期は一緒に逝きましょう。あの子のために。
あの子たちが生きる未来のために」

それから更に4年の月日が経った。
エリア3・Jブロックの隅の居住スペース内は、4年前とあまり代わり映えは無かった。
6歳になったレコは、部屋で一人きりで電子端末をいじって遊んでいた。
3年前まで、両親が使っているのを見て、簡単に覚えてしまった。
しかし、彼の場合は見るだけではなく、それを体感したのと同じことを感じられた。
彼には精神感応の能力があった。人の思考や記憶、経験を覗き見る事ができたのだ。
そうして覚えた電子端末の操作をするうち、彼は一つのファイルを見つけた。
「大きくなったレコへ」というタイトルのムービークリップファイルだった。
彼はそのタイトルが気になり、中身を見てみることにした。
ファイルを開くと、今は亡き懐かしい両親の姿が画面に現れた。
画面の中の母親は言った。
「大きくなったレコへ。元気にしていますか?ちゃんとご飯を食べられていますか?
このファイルを見られるようになったと言う事は、順調に育っていてくれている事と思います」
彼は、懐かしい姿に不思議な感覚を覚えていた。
それは、罪悪感に似たものだった。
「あなたがこのファイルを見る時、私たちはもうそこにはいません。
なぜなら、私たちは今からあなたの糧となるからです。
あなたの血肉となり、あなたと共に生きてい」
彼はムービークリップを停止させた。
彼はどうしようもない罪悪感に浸っていた。
3年前のあのときのことを思い出す。
彼は無性にお腹が減っていた。
それを紛らわすように、いつものように両親の精神を覗いた。
そして、それを見つけた。
両親が彼のために自決を図ろうか悩んでいる心。
彼は、その心を「プッシュ」した。
精神感応の力によって、彼の両親の精神を任意の方向に転向させたのだ。
彼は無性にお腹が減っていた。
そして、自分の中の善悪の定義すらなかった子供の頃だ。
彼は、何の気なし「プッシュ」を図った。
そして、両親はまんまとその中にかかった。
それは今も続いている。
食料の供給量が少なくなると、
周りの大人たちの精神にもぐって、自決させるように転向させるのだ。
そうして、シェルターからは大人たちが消えていった。
精神感応の能力を持つ者は、恐らく彼1人ではないだろう。
新生児達の中に、彼と同じ特殊な能力を持って生まれた子供達。
それらが、このシェルター内の世界を支配するようになった。
そして、子供の国が出来上がっていった。
精神感応の能力が何なのか、それをわかる者はいなかった。
ただ、大人たちは消えていき、残ったのは愚かな子供たちだけだった。



「ライネルエリア地下シェルターからの定期連絡が途絶えました」
「何?原因は何だ!?」
「向こうのシステムに以上は無いようです。ただ、連絡員がいなくなったようです」
「連絡員が……?」
「はい。向こうの最後の連絡によると、シェルター内の状況は食料の供給量不足などで
かなり混沌としていた様子でした。何やら、自殺者が後を立たないと言っておりました。
理由は分かりませんが、連絡員もその犠牲になったのかと思われます」
「そうか……」
その場所は、地球で発見された巨大地下空洞内に建設された
超規模地底都市ラークネスの中だった。
地球の地上が滅び去った今、実質地球の首都とも言える都市だった。
その都市の中央では、地球下の各シェルターを管理する連絡網が設けられていた。
そして、ライネルエリア地下シェルターとは、レコのいたシェルターだった。
このセンターを管理している男は呟いた。
「そうか……やはり駄目だったか」
「所長、それはどういう意味ですか」
「元々、完全に資源を循環させるシェルターなど無理があったのだ。
このラークネスのような巨大な都市でもない限りは。
あのシェルターも、他と同じくコールドスリープ式にすれば良かったのだ。
そうすれば破綻する事も無かった」
「確かに、ライネル国は自分たちの科学技術に自信を持ちすぎていたようですね」
「全くだ……自信過剰など、ろくなもんじゃない。そしてこのざまだ」
「しかし、いつになったら火星政府は動いてくれるのでしょうね。
隕石衝突からもう8年も過ぎているのに、未だ救援がない。
彼らが早くやってきてくれれば、ライネルシェルターも助かったかもしれないのに」
「この地球上の環境が安定するまでは動けないとのことだ。
どこまで本当だか、疑わしい限りだがな」
「この星の復興のためには莫大な資産と時間がかかりますからね」
「その通り。だが、私たちは信じて生きていくしかない。
いつか来る輝かしい未来のために」
男は踵を返し、薄暗い部屋を出た。



……今は誰の姿も無きレコの部屋で、電子端末が静かに音を立てた。
スクリーン上に残っていた彼の母親のムービークリップが、一時停止させた状態から
一定時間経ったため自動的に再生され始めた。
「……るのです。でも、勘違いしないで下さい。
私たちは、あなたのために死んだけれど、あなたのせいで死んだわけではありません。
あくまでも、私たちは自分の意志であなたの糧となったのです。
あなたの持つ力のことは知っています。
昔から、不思議に思っていました。あなたは何も話さなくても、
あなたの心が読めるような感覚がありました。でも、それは気のせいじゃなかった。
あなたには、人の心に触れる力があったのですね。
あなたが最後に心に触れてきた時、はっきりと分かりました。
ああ、これはあなたの心が流れ込んできたのだ、と……
でも、それでも私たちはそれだけのために死ぬのではありません。
そもそも生物には、周囲の環境……人口の密度などによって、
あたらしく生まれてくる命の数を調整する本能があるはずです。
それなのにあなた達の世代は爆発するように増えていった。
それは何故なのか。それがやっと私たちにも分かりました。
あなた達は、私たちから生まれていながらも、私たちとは違う生命なのです。
あなた達の持つ力が、その証なのです。
そしてあなた達の力は、いつの日かこの星の未来を左右する事でしょう。
私たちはそのための糧になれるのです。
だから、決して自分のせいだなんて思わないで。
私たちはあなたの未来とともにあるのだから。
いつの日か、あなた達の力が輝かしい未来を築いてくれる事を願っています」
やがてムービークリップは停止した。レコがそれを見る事は無かった。



END