はじめに、地球があった。人類は故郷を後にした。無数の船、星の都市が生まれた。
星々の世界は知性の光に満ちた。しかし、それも長くは続かない。
人類はいつしかそれぞれの信ずるものに因り分かたれていく。無数の戦火が生まれた。
宇宙の空間とエントロピーに伴い、歴史もまた、分断されていく。
どれくらい時が経ったろうか。最後に残ったのはたった10の都市だけだった。
我々に残されたところの、最後の10の都市。決して拡大も縮小もしない。
都市は、古生人類の遺産であるところの、空間情報移相転換装置に依って、
それぞれの都市を空間的に直接繋いでいた。しかしながら、
かつて人類を曙光煌く星の世界へと運んだ宇宙航行技術は過去のものとなり、
消えて行った。必要が無いのだ。完成された都市と、
転換装置のみあれば生きていける。かくして我々は宇宙から隔絶された、
10の層から成る閉鎖都市を住処として生きる事になる。"
情報精神であるところのインフォミアンが都市を支配している。
上位現実に住まうインフォミアンの中から、基底現実における、
都市の活動に従事する者としての、軍役体が選出される。
かつて<肉体>と呼ばれた半機械体の器に思考を着床させられる。
とても長い時間を、基底現実における生命体として生きる事になる。
ある時、閉鎖都市の一つであるセントリア・マルクトが、
事実上の壊滅状態に陥る。軍役体であるところの我々は調査に向かう。
そこで出会ったのは一人の少女であった。それは年若い肉体人であり、
その現存すら疑問視されていた純肉体人の末裔であった。
唯一の生存者であるところの彼女を我々は調査した。
古生代の地球時間に直すと、およそ9歳の少女。
彼女は妊娠していた。しかしながらそれ以外に別条は無かった。
一方、都市のシステム・メンテナンスを行っていた調査班から、
別の報告が届く。ボイド。かつて宇宙空間と呼ばれた、
虚無のエネルギーに満ちた空間が、都市の資源を侵食していた。
マルクトの崩壊により、閉鎖されていたはずの都市は、
実に数十万年ぶりにボイドに繋がった――
我々は現地に再度調査へと赴く事になる。
星核兵器。かつてその存在を巡って星々の世界は揺れ動いた。
小型の恒星すらも消滅可能な、この宇宙における究極の兵器。
我々は、抑止力としてそれを所有し続ける事を選んだ。
しかしながら、積極的にその兵器を大量に製造輸出して
利権を得ようとする危険な都市国家もあった。
また、一方で、兵器を捨て去ることにより、和平の道を
もたらそうとする思想の都市国家もあった。
冷戦の中で外交の駆け引きを有利に進めようとする国もあった。
我々の都市国家連合はそのどれもを選ばなかった。
かくして10の閉鎖都市は生まれた。
これもまた、人類の歴史が分断された理由の一つである。
その星核兵器が、我々の都市に向けて使用された。
極小規模に、しかしながら内部に浸透し破裂するかのように。
マルクトの壊滅の原因だった。しかしながら、
使用された星核兵器は何処から現れたのだろうか。
星核兵器は、各都市の総統であるところの<調律者達>が管理する
専用のコードを全て入力することで解放される。
いくつもの星核兵器に対し、定期的にシャッフルされる、
無数のランダム・コードを束ねなければいけない。
それが使用されたとは考えにくい。ならば、外部生命体による
侵略行為が行われたのだろうか。隠遁し、
数十万年の間身を潜め続けた我々においては考え難い事だった。
そこで新たな事実も判明する。移相転換装置とは、
人類の制御できるような技術では無かった。
無限に拡大を続け、生命体の歩みを遠ざけていく宇宙空間において、
物体の空間座標情報を書き換えられた所で、
思い通りに移動できるはずもない。我々はそれを過去の叡智により
当然出来るだけの事だろうと思い込んでいた。事実は隠蔽されていた。
それは、銀河先史文明と呼ばれる、人類とその起源を異する
知性生命体種族の遺産。銀河における旧支配者たち。
およそ偏旁銀河においてのみならず、
遍く宇宙の全てを支配していたであろう存在。魁種族。
遥かな昔、時を数えることもおこがましい様な過去。
かつて黎明期であった惑星表層都市に飛来した金属片は、
その場における人類に英知を授けた。
飛来金属は、異種知性生命体であり、
魁種族におけるミクロパーティクル・アンドロイドの一種であった。
金属片は意思を持って語り、時に粒子に戻り、環境を御し、
人類の生体環境を変化させ、あるいは星自体の構造をも造り替えた。
授けられた力。我々が住まう閉鎖都市もまた、その技術を応用して
ボイドから密閉された構造を得ていると言う事だった。
都市に導かれ転移した先は、地獄のような光景だった。
自然、という名の監獄である。かつて我々が都市に籠り、
いつの間にか忘れたもの。それは回帰であった。
受け入れがたい環境を受け入れようとした我々の前に、
更に信じがたい現実が付きつけられる。
自然などでは無かった。宇宙におけるどんな場所においても、
自然と呼べるような存在はあり得ないのである。
何故なら、我々が外側の世界に出ようとした時、その世界自体が
既にある世界に対する内側の存在であったからである。
仮想世界などではない。意思ある存在の夢でも無い。
ただ、内からでは干渉できない<外側>、<アビス>は確かに存在し……
我々を支配する法則としての精神を押し付けてくる。
魁種族はそれを改変しようとしていた。
閉鎖都市は、宇宙から隔絶された世界である。
隔絶された世界を通じてこそ転換装置は使用できるし、
ボイドの浸食から逃れ、無限循環する永久機関足り得たのだ。
そしてそれは、外世界<アビス>へ至るための箱舟でもあった。
その航行は我々の精神が全て滅ぶまで続き、
我々自身の存在が『在った』と言う結果のみを外側へ運ぶ。
我々はアビスを死後の世界と知る。
星核兵器を使用した侵入者は、人間そのものだった。
その使用した兵器すらも、人間そのものだった。
我々が悠久の時を都市で過ごす間に、内側世界の人間たちは、
各々に全く別種の進化を遂げていた。
その結果が、造物主をも超えたかのように、
自在にその形態を変化させる生物……自らの肉体をも、
古代の情報蓄積により再構成し、星核兵器と成しうる力。
彼らは魁種族の智を、血を盗み、彼らを完全に超えた存在、
無数の星々の構成物質とそのまま同化した巨大構造生命体……
<星海紗>そのものであった。彼らは、既に都市に侵入している……
我々は、最初に出会ったあの少女を思い出した。
都市は乗っ取られた。しかし物質的にも閉鎖環境にある
都市構造は、彼ら<星海紗>の力を持ってしても取り込めない。
彼らは、ボイドの外側から彼ら自身の肉体を持ちこんだ。
都市構造は押しつぶされ、破裂するかに見えた。
<星海紗>はそれをしなかった。必要最低限度の血肉のみをもたらし、
都市の軍役体達を占領するように動いた。
我々は、彼らの増殖を食い止めるために、都市に残った星核兵器を使用した。
兵器と、<星海紗>の尖体と共に、
彼らの利用していた、実世界における転換装置が消滅した。
未だ都市間の移動は出来ても、実時空との接点は完全に消滅した。
これにより<星海紗>によるこれ以上の浸食は食い止められた。
後は、都市に残った、通常生命体としての彼らを排除するのみ。
閉鎖都市に穿たれた孔も、やがて正常化しボイドとの接点も
失われるはずである。しかし、<星海紗>も切り札を用意していた。
かつて我々が転移した、驚異的な自然の広がる巨大惑星、
<エデン>。彼ら<星海紗>は、既にそれを占拠していた。
惑星との同一化は時間の問題だった。
巨大な、新たな生命体が生まれる。
その無尽蔵な資源を利用し、彼ら自身の新たな精神を……
少しでも多く、<外側>に飛ばす事。それが彼らの望みだった。
我々の敗北は必至だった。
我々が最初に出会ったところの少女は、
彼女自身であり、彼女自身の子供であった。
星核兵器として壊滅させたマルクトの、
その全ての構造物を、情報を、精神体を
自らの中に取り込んだのである。
その吸収の過程として、彼女は妊娠し、
自らの母胎で物質構成を再構築していたのだ。
そして彼女は、既にマルクトの民そのものでもあった。
<星海紗>である彼女の気まぐれであった。
無数の閉鎖技術・それにおけるインフォミアンの
吸収の過程で、彼女の好奇心は我々自身にも向けられる
ようになったのだ。彼女は我々に協力し、
破損した星核兵器の、更に上位進化した代理構成体を
生み出す技術を得た。我々は、<超越的星海紗>の力を借りて、
<星海紗>を滅ぼした。その後、必然的に我々は総じて
<絶対種>と成った。
わたし自身が、彼女が侵入した時に生み出した、
破損した軍役体に対する代理構成体であることは事実だった。
彼女とわたし、我々は協力して閉鎖都市を<絶対種>として
生まれ変わらせた。インフォミアンによる統制ではない。
全て世界は共有され、それでいて、決して滅することの無い
固有周波を我々は持っているのである。
我々は我々であり、全てであるが、個が全体ではないのである。
上位現実においてメルティアンと呼ばれた、
統合的精神種とも違っていた点である。我々は物質に拠り
自我を確立させることが出来るのである。
さて、物語は終わりである。
基底現実に対する基底時空から逸れてしまった我々、
全ての情報を共有し<絶対種>となった我々にとって、
この先に待ちうけるのは<アビス>への航海のみである。
その先に一体何が待ち受けている?世界の法則?
魁種族?それとも、多重なる世界を作った神そのものが?
いずれにせよ、我々は執着を持っている……
より望ましい世界を作ろうと思うだろう。そのために、
世界は無限に存在することもあるかもしれない。
その源を、私たちは<愛>と呼ぶ。