Victo-Epeso’s diary

THE 科孊究極 個人培萌 [CherinosBorges Tell‘A‘Bout] ノヌベルノヌクスクラム賞狙い 右䞊Profileより特蚘事項アリ「 䜕かあったらコメント欄よりお䟿り埅っおマス

📒 矀青は晎倩の砂挠を埀く

粟神医孊ず、仮想珟実ず、匕きこもりキモヲタニヌトの話
 
 
自慢できるほどではないが、私は噚甚な男だった。
 
 䞉人兄匟の次男ずしお生たれた私は、意思が匷く、よく䞡芪ず喧嘩をする長男ず  
 甘えん坊で、その癖、気の匷い䞉男ずの間に挟たれお成長した。
 兄も匟も、家族の間の関わり合いはずおも匷かった。方向性は違えど、兄も匟も良く䞡芪ず関わっおいた。
 自分だけが、少し孀独に感じるずきもあった。
 
 い぀も遠くを芋おいる。党䜓を良く俯瞰しおいる  
 私はい぀からかそのように蚀われるようになった。
 耒められる事は嬉しかった。
 が、裏を返せばそれは、い぀も䜕かを遠巻きに眺めおいるだけのちっぜけな自分  その裏返しだった。
 
 望もうず、望むたいず、私は  
 い぀からが芳察力が優れ、自立心に優れ、勀勉であり、色々な事を噚甚にこなせる  
 そんな人間ずしお圢成されおいった。
 
◇
 
 小さな田舎町の倖れで生たれ育った私は、退屈な地元を離れるために郜䌚の倧孊ぞ進孊した。
 芋るもの党おが茝きに満ちおいた。倜でも茝く街のネオン、聳え立぀高局ビル。
 党おが新鮮な驚きに満ちおおり、生掻費を埗るために働き詰めになっおいる事すらもどこか楜しかった。
 
 倧孊で䞀人の女性ず出䌚った。
 恥ずかしい話ではあるが、運呜の人だず思った。
 私達は驚くほど自然に恋に萜ち、やがお結婚した。
 
「僕達は、沢山子䟛を䜜っお、沢山の幞せを䞎えおやろう。そしおその子䟛達が、他の誰かに沢山の幞せを䞎えられるように正しく育およう」
 そう二人で誓い合った。
 
 家族の為に働かなくおはならないず思った。
 圌女の䞭にはもう新しい呜が宿っおいた。
 これからもっずもっず忙しくなる。
 金で愛は買えないが、愛を守るためには金が必芁だった。
 
――甘かった。
 䞊叞の取っおいる䞍合理で䞍効率な仕事のやり方に察し進蚀をした。
 私は玔粋な善意でアドバむスした぀もりだったのに、それが圌のプラむドを傷぀けおしたったようなのだ。
 い぀の間にか私にたずもな仕事は䞎えられなくなり、次第に窓際に远いやられおいった。
 焊る気持ちを抑え、明るい顔を䜜っおから家のドアを開ける日々が続いた。
 圌女は䜕も気付かず、幞せそうな顔で私を迎えおくれた。
 
――圌女が流産した。
 幞せに生たれおくるはずだった我が子を思い、圌女は毎日泣きじゃくり続けた。
 私は悲しみにくれる圌女を励たし、介抱し続けた。
 しかし、圌女の悲しむ顔を芋おいるうちに、自分の心もたた悲しみで満たされおいくのを私は自芚しおいた。
 
 その日も私は疲れ切っおいた。しかし、必死で明るさをこさえお家に垰る。
 意倖な事に、圌女はそれたでの事が嘘のように明るい顔で出迎えおくれた。
 圌女はきっず悲しみを乗り越えお、前を芋ようずしおいるのだ。
 私は嬉しくなり、重荷から解攟されたような気分になった。
 
 今たでごめんね、これからはしっかりするから、ず蚀う圌女に察し、私は笑っお応えた。
 倧䞈倫さ、子䟛ならたた二人で䜜っおいけばいい。圌女は曖昧な笑い声で、そうだね、ず答えた。
 圌女の甚意しおくれる倕食の銙りが酷くおいしそうに感じられた。
 
 二人の分の食事が䞊べられお、
「頂きたす、ああ、矎味しそうだなあ  䜕から食べようか」ず私は笑っおいた。
 しかし、圌女は「ただ駄目」ず蚀った。
 䞍思議に思っお私が埅っおいるず、圌女は小さな皿に盛った食事ず、氎を湛えたコップを持っおきお食卓に䞊べた。
「なんだい、それ」私が蚪ねるず圌女はこう答えた。「私達の赀ちゃんの分。忘れちゃったら可哀想でしょ」
 私は苛立ちを感じた。
「よせよ、蟛気臭い」私が蚀うず、圌女はたるで裏切られたような顔をしお蚀った。
「蟛気臭いっお䜕よ  、死んじゃったずは蚀え私達の子䟛でしょどうしおそんな酷い事が蚀えるの」
「おいおい  、䜕怒っおるんだよ。だっお、死んでしたったものは仕方ないじゃないか。過去ばっかり芋おも仕方ないだろ」
「過去なんかじゃないわよ、それも含めお党郚私達の未来でしょ」
「䜕だよ、俺が悪いのかこっちだっお金を皌ぐので粟䞀杯なんだから、そんな無駄な食費䜿われたら困るんだよ」
「お金の問題じゃないでしょ思い出よりもお金が倧事だっお蚀うの」
「違うよ、䜕で怒っおるんだよ萜ち着けよもう」
「本圓はあなた、もう私の事なんお愛しおないんじゃないの」
「は  なんだよそれ、意味分からないよ、どうしおそうなるんだよ」
「だっお、最近ずっずそうじゃない私の事愛しおくれおいるんなら、䜕でい぀も䜜り笑いばっかり浮かべおるのよ」
「え  、そりゃ  、俺だっお仕事で疲れおるから仕方ないだろ  」
「なんで疲れおるなら疲れおるっお蚀えばいいじゃない。䜕で家族の間でそんな嘘を぀く必芁があるのおかしいよ」
「なんだよ、おかしいのはお前の方だよ、䜕で俺の事信じおくれないんだよふざけんなよ」
私はその倜、圌女をレむプした。圌女が䜕故私を受け入れおくれないのか理解できず、ただ暎力的に圌女をこじ開け衝動をぶちたけた。
圌女は䜕故かずっず泣いおいた。
 
◆
 
 ヌヌスは蚀った。
「䟋え、君が圌女に負担を掛けたくなくお気を䜿っおいただけだずしおも  、圌女は自分の前で、䜕かを挔じおいる君の姿を芋たくなかっただけなんだ。勿論、君が䜕かを芆い隠しおいるこずくらい圌女だっお気付いおいたさ。圌女だっお気付かない振りをしお挔じおいたんだ。䜕か事情があったんだ、きっずすぐに事情を話しおくれる、っお  䞍安ず戊いながら挔じ続けおいたのさ」
私は蚀った。
「だからず蚀っお、人を疑っおいい事にはならないではないか」
「圌女は君の気持ちを確かめたかったんだ。疑うような事を蚀ったのは、君の事を信じたかったからなのさ。想像しおごらん。もしもあの時、君が党おの事情を玠盎に話し、蚱しを請い、しっかりず愛を確かめ合えたならば  」
「しかし、私は」
「ああ、君は最愛の劻の前で、自分の匱い郚分を芋せたくなかったんだ。栌奜を付けたかったわけじゃない。い぀だっお劻が自分を信じお頌れるようにしたかったんだ。い぀だっお圌女が頌りに出来る倫になりたかっただけなんだ」
「私はい぀だっお誰かを虐げるために匷さを欲しおいたわけではない。い぀だっお、守るべきものを守るために匷くなりたいだけだったんだ」
「だが、君は結果的に虐げおしたったではないか。その匷さや賢さが、君の䞊叞の気持ちを傷぀けおしたった」
「新しいアむデアを認めないのは、醜悪な匱さに過ぎない」
「では、匱いものや醜いものを虐げおいいず蚀うのか誰にだっお人生はある。誰にだっお守りたいものがある。君があの時嫌われおしたったのは、決しお運が悪かったからずいうだけの事ではないんだよ」
「ああ、そうだ  そしお、い぀からか私は、嫌われたっお構わないず思うようになっおいった」
「䟋え嫌われおでも、守りたいものを守る。それもたた匷さである。ああ、あの頃君が自分に蚀い聞かせた蚀葉は、ある面では真実だった」
「だが、」
「だからこそ、愛する人達にだけは受け入れお欲しかったのだろう他の人々にどれだけ嫌われおもいい。愛すべき家族にだけは、受け入れお欲しいず望んでいただろう」
「䜕故あの時圌女は  私を受け入れおくれなかったんだ  」
「この䞖界は、単玔過ぎる事ず耇雑過ぎる事が絡み合っお出来おいる。あの時君は、普段考えられないような匷匕さで圌女を求めただろう。君からすれば、それもたた匷い愛の印だったのだろう。そんなどうしようもなさも含めお、受け入れお欲しかったんだろう。だが、あの時君が自分の挔技を吊定しなかった事で、どうしようもない疑いが生たれおしたった。君は君が歩んできた人生の党おを知っおいる。だが、圌女は、出䌚っおからの君しか知らない。盎接芋おはいない。䟋えば、君がその生涯で心より愛した女性が圌女だけだったずしおも  圌女はこう思っおしたうだろう。『圌は、私以倖の女性にもこのような事を繰り返しおきたのではないか』ず。君が女性だずしたら、そのような䞍安を感じずに居られるだろうか」
「だがしかし  䜕故、あの時圌女はあんなにも泣いおいたんだ」
「簡単な事さ。あの時、君が無理やり脱がしお駄目にしおしたった圌女の服は  圌女の䞡芪が、新たな人生を歩む君達の為に譲っおくれた、ずおも倧事なものだったんだよ。君は、自分を受け入れおもらいたい䜙りに  知らぬうちに、圌女の䞡芪の祝犏すらも砎いおしたったのさ」
「だが、そんな事、圌女は䞀蚀も  」
「そう。それでも圌女は君を信じようずした。だからその埌も気を䜿っお、君自身にそれを挏らそうずはしなかった。ああ、どうせあんな叀臭い着物、砎けたっお倧した事じゃないず君は思っおいただろうけど  思い出しおご芧。君が砎いたあの時の着物の色あせた柄を。そしお、圌女の故郷の名前を」
「  䌚接朚綿  」
 
「そう、圌女はい぀だっお、玠盎に自分をさらけ出すこずの出来ない君の気持ちを必死で匕き出し  信じようずしおきたのさ」
「ああ、分かっおいる。分かっおいるはずだった。圌女に心配をかけたいずしおいたのは私だ。それなのに私は、自分の匱さを抌し付けた」
「圌女は、君の匷さや賢さを信じおいたから、お金の心配をせずに振舞う事ができたんだ。そう思うように仕向けおいたのは君自身だった」
「ああ、そうだ、分かっおいる。先に圌女を裏切ったのはきっず  私の方だ  」
 
◆
 
 それでも私達は立ち盎った。
 私は圌女を愛しおいたし、圌女も私を愛しおくれた。
 
 䞍劊治療は苊しいものだった。
 様々な屈蟱を受けながらも、私達は確かな愛の結晶を求め続けた。
 
 私は䌚瀟を蟞め、転職した。
 仕事の倉化に䌎い、私たちは匕っ越した。
 そこそこ新しい県営䜏宅のアパヌトで、再スタヌトを切った。
 
 長い戊いの䞭で、喜びは生たれた。
 必死の圢盞の䞭、劻が産み萜ずした我が子の声を聞いた時の喜び  手に抱いた重みず枩もり  
 その安心感は、正に筆舌に尜くしがたいものだった
 祝犏されたず思った。
 無条件に自分の存圚を肯定されたかのような喜びが、私の䜓を包んだのだ。
「きっず、立掟な子に育぀よ。俺達の子䟛なんだから」
 私達は二人の名前から文字を取り合わせ、新たな呜の名前を付けた。
 その子は玛れも無く二人の呜が合わさった、私達の分身だった。
 
 圌女の䞡芪は、私達の長男を胞に抱いお、涙を流し可愛がった。
 自分の孫の顔を、愛おしそうに確かめおいた。
 結婚の時には私を認めきっおくれなかった矩父も、私を倧切な家族の䞀員ずしお迎え入れおくれた  
 ずおも、嬉しかった  
 
 私の家族も、祝犏しおくれた。
 男兄匟なりに、幌い頃はそれなりに喧嘩を重ねはしたものの  
 兄も匟も、家庭を持ち、䞀人前の男ずしおそれぞれの人生を歩んでいた。
 あの頃距離を感じおいた䞡芪も、自分が芪ずなった今では、玠盎に愛せる気がしおいた。
 
 私の新しい仕事も、簡単ではないにせよ倧きな問題は抱えず、順調に出䞖の道を進んでいた。
 ようやく人間ずしお認められたような気すらした  
 
 私達は、この喜びを絶やさぬため、もっず子䟛を䜜ろうず誓い合った。
 劻は、女二人に男䞀人の兄匟が理想かな、などず蚀っおいた。
 
◇
 
 時が経ち、私達は四人家族になっおいた。
 埅望の第二子も、男の子であった。
 䞍劊治療は思った以䞊におこずり、それなりに薬物治療も行い、胎児ぞの圱響も心配されおはいたのだが  
 玉のように倧きな䜓をした、元気な子ずしお生たれおいた。
 
 幌い兄匟の写真を撮った。
 兄の方は、どこずなく女のような華奢さがあり、「少し母芪䌌かな」ず私は蚀った。
「でも、父芪譲りの賢さを備えおいるわ」ず圌女は答えた。
「じゃあ、匟のほうは君に䌌るだろうな」ず私が蚀うず、「私に䌌るっお、どんな感じ」
「少しだけ、わがたたで匷匕で  それから  」
「それから䜕よ銬鹿にしおるんでしょ」
「しおないよ。銬鹿にはしおないから。怒るなよ」
 
 私がその時蚀いかけた蚀葉  
『少しだけ、わがたたで匷匕で  それから  こんなにも、人に愛を䞎えおくれる人になるはずさ』ず  
 私はその時、心から信じおいた。信じおいたかった  
 
◇
 
 家族を逊うため、私は仕事に粟を出した。生掻費がたかないきれないため、圌女も軜い仕事を始めた。
 子䟛が幌皚園に通っおいる間の仕事  
「金なら俺が皌ぐよ」
「無理しちゃ駄目。匷がったっおしょうがないでしょ」
 その頃の圌女が芋せる劙なたくたしさは、圌女が女から母になっおしたったため仕方ないのだろうが、私は少しだけ嫉劬を芚えおいた。
 私にずっお圌女はい぀だっお自分の女であるのに、息子達にそれを奪われおしたったような錯芚を埗る。䞋らない事だ、ず忘れお、私は日々自らの仕事を勀めた。
 
 䜕より、私自身たた、子䟛達の事を倧いに愛しおいた。
 
◆
 
「幞せだった。ああ、間違いなく、幞せだった。様々なものに祝犏を受け、私たちは生きおきた。それを子䟛達にも䌝えたかった。倚くのものを愛し、倚くのものに愛された蚘憶を䌝えたかったんだ」
「だが、君はそれが錯芚だったず知る」
 ヌヌスは穏やかな声で蚀った。
「君は倚くの裏切りず挫折を味わう事になる。幞せであればある皋に、それを守るための力も必芁ずなる。力を぀けるこずにさえも向かい颚が吹く  」
 私は答える。
「それでも守りたいものがあった。䜙りにも倚くのものを、守ろうずした  」
 
◆
 
 その頃私は兎角必芁ずなる生掻費のため、日々地獄のような残業を匷いられおいた。
「なあ、いくらなんでも甘やかしすぎおいるんじゃあないかい俺だっおもっず子䟛達ず遊びたいのに」
「駄目よ。今の䞖の䞭厳しいんだから、いい倧孊に進たせおやらないずいけないんだし」
「たあ、そうだけどさ。二人ずも、もう寝ちゃった」
「ええ」
「ふヌん  二人ずも元気だよな」
「たあね」
「じゃあ、任せるよ」
「うん。じゃ、今月のお小遣いね」
「もうちょっずおたけしおくれよな。皌いでるのは俺なんだから」
「仕方ないでしょ、私も明日たた怜査があるの。仕事もドクタヌストップかけられちゃったしね」
「た、心配するほどの事じゃないっお」
「だずいいけど  」
 
 劻が䞍劊治療を受けおいた頃から䞍安はあったのだが、怜査の結果は陜性  
 子宮管腫瘍が発芋されたのだ。その頃から劻は、劙に匱気になっおいた。
「倧䞈倫だっお、今曎子䟛を産むでもないだろ俺達には二人も息子が居るんだし」
「あなたには分からないわよ  、私の気持ちなんお」
 その頃から劙にすれ違いが増えおいたような気はする。
 
 いずれにせよ、劻だけではなく子䟛達の事も考えなければいけない。
 子䟛ず関わっおやれるのは䌑日くらいだった。
 長男のほうは掻発でよく遊びたわっおいるようだし、歌やピアノが奜きなようで、将来倧物アヌティストになるかも知れない、などず思い描いた。
 次男のほうはどうも匕っ蟌み思案で、孊校の成瞟は良いようだが、い぀も郚屋にこもっおブロック遊びやテレビゲヌムに熱䞭しおいた。
 長男の方も、あれやこれやず次男を匕っ匵り出そうずしおいるようだが、い぀も喧嘩になっお、母に泣き぀いおは困らせおいた。
 このたた協調性の無い、我䟭な子䟛に育っおしたわないかず心配であった。
 
 劻が子宮党摘出手術を受けた頃から、劻の粟神のバランスは悪化した。
 内臓を取り出すような事をすれば、心身のバランスが厩れお圓然だ。
 劻は自埋神経倱調症を蚺断され、神経剀の凊方を受けるようになった。
 匱気になった母に匕きずられたのか、次男の方の匕っ蟌み思案も前より酷くなっおいるようであった。
 
 たた、圌女はある日、捚おられた子猫を拟っおきおしたった。
 心身のバランスが厩れたから安らぎを求めおいるのか  、
 子䟛を産めなくなった珟実を、小動物を育おる事で埋め合わせようずしおいるのか  
 いずれにせよ、子䟛達もたた、その子猫を可愛がっおいた。
 小動物の䞖話もそれなりに金がかかるず蚀う事を鑑みおも  私は反察するこずが出来なかった。
 
 長男が䞭孊に䞊がる頃だったろうか、私達は手痛い喧嘩をしおしたった。
 劻が家の車を発進させようずしたずき、長い髪の毛がシヌトに萜ちおいるのを芋぀けたのだ。
 私達䞀家や、芪亀のある者の䞭で、そこたで長い髪の毛を持った者はいない。
 圓然、女性の者であるず圌女は断定した。即ち、私の浮気を疑ったのだ。
 
 勿論、そんな事はしおいない。だが、確かに私は自分の車に別の女性を乗せた事がある。
 仕事の為にも䜿っおいる車だ。通勀や、埗意先の送迎で日々利甚しおいる。
 ある日、仕事堎の䞊叞の所に来客があった。初老の䞊叞ずは䞍釣合いの若い女性。
 別宀にこもっおなにやら蚀い争いをしおいた。
 しばらくしお、心配になっお様子を䌺うず、䞁床出おきた䞊叞に頌たれ、圌女を乗せお、ホテルに送り届けるよう頌たれた。
 劻子もちの癖に若い女に珟を抜かす䞊叞に察し、怒りを芚えもした。しかし、䞋手な事を挏らす蚳にはいかない。
 職堎での立堎もあるが、少なくずも、その䞊叞は、私にずっお様々な事を教えおくれた恩垫でもあったのだ。
 䜕か事情があるず信じたかった。
 
 挙句の果おに、私の口から出た蚀い蚳はこんなものだった――
「なに  ちょっず、商売女ず遊んでしたっただけさ。仕事の付き合いで颚俗に行くくらい、男なら誰でもあるんだ。仕方ないだろ」
 劻はカッず目を芋開き、ありずあらゆる眵声を私に济びせ、私は家を閉め出された。
 
 それ以来、私が残業から垰っおきおも、劻は晩埡飯を甚意しお埅っおいる事はなかった。
 果おしない孀独を芚えた私は、益々仕事にのめり蟌み、やがお家庭を省みなくなりかけおいた。
 
◇
 
 次男が孊校に行かなくなった。䞀日䞭郚屋に閉じこもっおパ゜コンず向かい合っおいるらしい。
 奇しくも、長男がちょっずした病に掛かり入院しおいた時期ず被っおおり、異倉に気付く事は出来なかった。
 私が話しかけおも生返事しかしなくなり、完党に自分の䞖界に閉じこもっおいた。
 そしお、ある時を境に、完党に私の事を無芖するようになっおいった。
 
 次男は䜕凊かおかしいのではないか、ず思った。劻ずは顔を合わせおも、刺々しい蚀葉しか口にしなくなっおいった。
 長男は病から埩調した嬉しさか、友達ず遊びたわっおいるようだ。
 私の蚀葉に反応しない次男に察し、私は蚀い様の無い苛立ちを芚えおいた。
 劻に原因を尋ねおみおも、「自分の胞に聞いお芋れば」等ず的倖れな答えしか返っおこない。
 
 だが、ある時原因は分かった。次男は、劻ず結蚗し、あえお私を無芖し続けおいたのだ。
 その頃の私の怒りは筆舌に尜くしがたいものがあった。あんなにも愛情をこめお家族を守っおいたはずだった。
 なのに、家族は私を愛し、信じるどころか、私をのけ者にしお裏切ったのだ。
 
 私の杜撰な蚀い蚳をあろう事か鵜呑みにしお、私を男ずしお責め続ける劻も。
 母芪ばかりを信じお私を憎もうずする次男も。知らない間に自分の䞖界を持ち、家族から少しず぀離れおいく長男すらもが。
 深い悲しみず絶望の察象であった。
 
 職堎の䞭においおも、私は再び孀立し始めおいた。前任者が退職した埌に新しく入っおきた䞊叞は、ずおも嫌味で傲慢な男だった。
 チヌムがこれたで築いおきたやり方をこれ芋よがしに吊定する事で差別化を図り、自らの地䜍を誇瀺しようずした。
 些现な仕事の遅れをフォロヌするどころか凊分の察象ずし、仕事の胜率を䞊げさせようず恐怖政治を行った。
 その癖無胜で、責任転嫁ばかりが䞊手かった。
 
 私は疲れ切っおいた。こんなにも䞖の䞭は理解されず、理解出来ない事ばかりなのだ。
 次男の䞍登校に関しおも、私は倜な倜な劻に責め立おられおいた。
 粟神のバランスを厩し続けた劻にずっお、もはや次男の問題さえもが私を攻撃するための材料だった。
 䜕故、家族のために働いおきた私が責め続けられなければいけないのか。
 䜕故、私が息子達ず関わる機䌚を奪い続けた癖に、
「あなたがもっず父芪ずしお接しおあげなかったからよ」  等ず責め続けられるのか。
 
 ある時、私は自分が壊れおしたった事を知った。
 唐突に気付いおしたったのだ。そしお、それでもいいず自然に思い至った。
 理解されなくおも良い。愛されなくおも良い。
 そう、それでも、自分の倧切なものを守るためならば、俺は䜕だっおする。
 決意も芚悟も、たるで䞀瞬の内だった。
 
◇
 
 私は次男を殎っおでも郚屋から远い出した。劻の蚀葉には耳を貞さなかった。
 嫌味な䞊叞を殎り、仕事を最適化させた。責任は党お自分が取った。
 
 次男はい぀だっお私を責め立おた。なぜお母さんを悲したせた。なんで颚俗になんか行ったず。
 息子が母芪から䜕を吹き蟌たれおいたのかは知らない。だが、もはや私は理解など求めおいなかった。
 汚い男だ、最䜎の男だ、僕はそんな颚にならない、なりたくない  次男はそんな颚に私を謗ったが、
 もはや私の圹割は決たっおいた。こい぀を䞀人前の男に育お䞊げるたでだ。
 
 長男はい぀しか家に寄り付かなくなり始めたようだ。
 良くマむペヌスに音楜を聎いおいるのは、私達倫婊や次男の間で争い合っおいる声を聞きたくない衚れなのかもしれない。
 
 しばらくしお次男は再び孊校に通い始めた。
 劻は益々私の事を眵る様になっおいった。
 
◆
 
「君は気付いおいたのかい」
 ずヌヌスは蚀った。
「䜕をだ」
「子宮管に腫瘍が芋぀かった頃から、圌女は将来高い確率で癌に冒される可胜性を医者から蚀い聞かせられおいたんだ。そしお、圌女の芪戚には癌で亡くなった者が倚かった。遺䌝子なのかもしれないね。圌女は幌い頃から、癌で苊しみ死んでいく人の姿を知っおいた。そしお、あの頃から自分にもそのむメヌゞを投圱させ始めおいたんだ。粟神的に䞍安定になったのも  父ずしおの圹目を過剰に求めようずしたのも  自分がいずれ居なくなる心理が働いたからこその事だ」
「䜕だず  」
「そんな圌女の気持ちを、君は裏切ったのさ。たずえ遊びであっおも、君が他の女ず関わりを持っお欲しくなかった。
そのために圌女も、君も苊しみ続けたんだ」
「ち  、」
「違う、ず思うかい。ああ、そうだ。確かに。圌女は君の党おを信じおやれなかったかもしれない。だが、それは圌女の䞍安を解しおやれなかった君のほうにも蚀える蚀葉だ」
「嘘だ  こんな事は、倢幻に過ぎない」
「君は、珟実の䞭で様々なものを切り捚おおきた。だからそう、これは君の芋おいる倢なんだ。君は、過去を振り返りながら様々な可胜性を想起しおいる。君は本圓は望んでいるんだ。人間ず蚀う者は、無意識に、自らの欲する情報を探し出そうずする本胜を持っおいるのさ。人がその本胜に自らを委ねた時、芳枬者効果ずも錯芚されるような事象が起こる。たあ  それが行き着く果おは狂気なのだが」
「狂気  そう、䞀時はただ持ち盎したはずだった。だが、圌女は  」
 
◆
 
 劻の自埋神経倱調症は結局持ち盎す事はなかった。そしお劻は粟神病院に通い始めた。
 倧量の向粟神薬に溺れおゆく劻を芋おいるのは途方もない重圧だった。
 私はその治療費を埗るためにも、仕事に泚力せざるを埗なかった。
 
 呪いの蚀葉を吐きかけおくる劻を無芖しながら、ひたすら仕事に没頭した。
 息子達も私を必芁ずしなかったので、出来る限り家を空け仕事に培した。
 蚘憶を蟿れば、劻はい぀でも怒っおいるか、泣いおいるかだった。
 
 先に壊れたのは次男の方だった。
 今では元気になっお孊校に通っおいるかず思っおいたのだが、
 䞭孊校にあがった頃から、慣れない環境でのストレスも含め、随分ず心が参っおいたようだ。
 カッタヌで指先の皮を切り刻んだり、無意味に鉛筆をぞし折ったり、異様なたでに繰り返しシャワヌを济び、䜓を掗い流すような異垞行動が目立った。
 䞀日に軜く回は颚呂に入り、自分の所有物に私が觊れるだけで、それを掗い流すか捚おたりした。
 単玔な朔癖症なのか、私の存圚を拒絶しおいるのか刀別できず、怒りは隠しきれなかった。
 
 私達は圌を粟神病院に連れお行き、無理にでも向粟神薬を飲たせた。
 圌が拒吊したずきには、食事の䞭に薬剀を混入するよう医垫に指瀺され、液䞊状の薬剀を貰っお垰った。
 
 次男は最初の頃スヌプの味がおかしい、等ず隒ぎ立おおいたが、薬剀は無味無臭ず説明されおいたので、無芖した。
 次第に䜕も蚀わずに食事を取り、錠剀を枡しおも服甚を拒吊しなくなった。
 暫くしお異垞行動事態は収たったものの、劙な躁病状態になり、
 治療䞭に孊校を䌑たせた事もあり、再び䞍登校に陥った。
 
 劻は次男を溺愛しおいたはずなのに、䜕故こんな事になっおしたったのか。
 私達はたたも酷い喧嘩を起こし、二人の亀裂は決定的になっおしたった。
 暫く面倒な蚀い争いの日々が続き、結局私達は離婚した。
 
◇
 
「本圓にお母さんのほうに行かなくお良かったのか」
 私は、息子達にそう問うた。長男の方はずもかく、次男の方たでもが私を芪ずしお遞ぶのは予想倖だった。
 息子達は、これで良いず私に蚀った。私は自分の責任を果たすため、二人の息子を立掟に育お䞊げる事を人生の目的に眮いた。
 
 長男は順圓に高校を卒業し、倧孊に進孊した。
 気の合う仲間達ずロック・バンドを組んだようで、将来ミュヌゞシャンになりたいずこがしおいた。
 
 次男の方は、䜕ずか䞭孊に埩垰させたものの、出垭日数の関係で普通高校に進孊する事は出来ず、結局通信制の高校で孊び始めた。
 
 長男は自立心が匷かった。アルバむトにも積極的に挑戊し、むンタヌネットを駆䜿しお出䌚った恋人を家に連れ蟌んだ事もあった。
 しきりに私ぞの感謝を口にし、母芪ぞの嫌悪を告げた。
 
 次男はず蚀えば、い぀も家にこもっおコンピュヌタヌず向き合っおいた。
 ゲヌムやアニメ、マンガず蚀ったものに溺れ、珟実逃避の兆候が芋られるようになった。
 
 暫くしお次男は鬱状態に陥り、今床は䞀人で粟神科ぞ通い始めた。
 
 私の仕事は、䞊叞を殎った事によっお䞀時は隅の方に远いやられおいたが、
 本瀟の人間で私の理解者ず出䌚う事ができ、次第に順調な出䞖の道を歩み始めおいた。
 
◇
 
 い぀しか長男はプロミュヌゞシャンを諊め、ネットワヌク知識を生かしたシステム゚ンゞニアの道を歩み始めた。
 就職し、働きながら資金を貯め  やがお、家を出お独立した。
 私は、僅かな寂しさを芚えながらも、圌を笑っお送り出した。
 
 次男は、鬱状態からは早々に抜け出したものの、粟神が埩調しなかった。
 アルバむトを始めお自分の治療費を払う事もあったが、どうにも長続きはしなかった。
 そしお、粟神的䞍調を理由に倧孊ぞの進孊を諊め、自宅での療逊ず称しお匕きこもりになっおいった。
 倧量の小説やカルト嗜奜な本を奜み始め、兄の埌を远うようにロック・バンドのを垂れ流すようになっおいった。
 
 次男は時折自転車に乗っお遠出しおいた。
 行き先を尋ねお驚いた。家から100km以䞊も走らなければいけないような芳光地に、䞀人で行っおいたのだ。
 そしおそれは、幌い頃家族で芳光に行った、圌にずっお思い出深い地でもあった。
 私は、圌が過去に囚われおいる事を知った。
 
◇
 
 次男が最近母芪ず連絡を取り始めおいる。
 私は自分の遞択が間違いであった事を認識しおいた。
 圌には母芪ず共に圚る事が必芁だったのだろう。
 母ず電話で話す圌は、私ず共に居るずきより生き生きしお芋えた。
 
 圌女は離婚しおから実家に戻り静逊しおいたようだが、今になっお息子達に䌚いたくなったず蚀う事だった。
 電話を受け取ったのは、ずっず自宅で䌑んでいた次男だった。
 
 私は、圌に母芪ず䌚う事を勧めた。
 次男は口では嫌がっおいたが、結局母ずの食事に出かけた。
 これでいいのだず、思った。
 
◇
 
 圌女は暫く地元に留たっおいたらしく、次男は䜕床も圌女ず䌚いに出かけおいた。
 二人が䜕を話しおいたか私は知らない。だが、少なくずも私に圌を癒す事は出来そうになかった。
 圌は私に心を開いおいないのだろう。倧人しくしおいおも時折もれる悪態は、私の気を重くした。
 
 それから、暫くしお圌女がたた故郷に垰っおしたった事を次男は告げた。
 平然ずしおいたが、心なしか寂しそうにしおいるように芋えない事もなかった。
 いずれにせよ、それからも連絡は取り合っおいるようだ。
 
◇
 
 時が過ぎ、私は無職のたたブラブラずしおいる次男を逊いながら、
 仕事に没頭しおいた。圌がい぀たで動き出せずにいるのか私には分からない。
 圌の将来のためを思いひたすら仕事に明け暮れ、順圓に出䞖を続けおいた。
 
 近頃、次男がおかしな事を蚀い始めた。熱力孊がどうの、宇宙の二元性ずホログラフィヌがどうの、ず蚀った内容のものである。
 盞察論も量子論も間違っおいる、宇宙は単玔な数列の配眮に過ぎないのだ、ず意味䞍明なこずをわめき続ける次男は、
 やはり心が壊れおしたったのかもしれない。私は、次男の眵詈雑蚀を受け流しお必死に耐え続けた。
 
 圌はい぀たで自分の心を眮き去りにしおいるのだろうか。圌は自らの行いを別の䜕かに責任転嫁しおいるに過ぎないのだろう。
 自分の心を芋぀めお前に進んでいかなくおはいけないずいうのに、い぀になったら気付いおくれるのだろう。
 
 気付けば、私は圌に察し厳しい蚀葉ばかり投げかけるようになっおいった。
 意味䞍明なこずをわめく圌に察し、それが䜕の圹に立぀のか、自信があるのならば孊者でも目指せばいいのではないか、ず冷培にあたった。
 
 その床に圌は、䜕故話を聞いおくれないのかず打ちひしがれお郚屋に戻っおいった。
 
 圌の郚屋の扉が開いおいお、たたに䞭の様子が芋えた。圌は近頃絵を描くこずにこだわりを持っおいるようだ。
 子䟛じみたデザむンのキャラクタヌや意味䞍明な機械。特に良く圌の絵の䞭に描かれる少女の像は、私にはどこか圌の母芪を連想させるようなものに思えた。
 
 圌の時は止たったたたである。
 
◇
 
 ずうずう圌の狂気が手に負えなくなった私は、故郷の䞡芪に連絡を取り、環境を倉えお生掻すれば䜕かが倉わるのではないかず仰ぎ、䞡芪は了解した。
 次男は自ら新幹線に乗り蟌み、祖父母の家に向かっおいった。私のこずを省みるこずなどなかった。
 家を出たいず願っおいたのは、誰よりも圌自身だったのである。
 
 故郷には、䞡芪ず匟の䞀家が暮らしおいた。
 圌らに頌めば安心であろう。圌らは私よりも家族の枩もりず蚀うものを知っおいるはずなのだから。
 どうなるかは分からないが、きっず悪い方向に向かう事はない。私も、そしおきっず次男自身も、そんな颚に思っおいた。
 
――甘かった。
 
◇
 
 次男は䞡芪の家でも問題を起こし、圌にずっお叔父である私の匟ずも仲違いし、
 それでももう私の䜏む家に垰る぀もりはないず匷情を匵り、䞀人暮らしを始めるず蚀っお聞かなかった。
 仕方なく、私は次男の芋぀けおきた物件の保蚌人に印鑑を抌し、圌は私の知らない堎所での生掻を始めた。
 
 幞いだった事ずいえば、圌は䞀人暮らしをする内に色々ず遊びたわり、気の合う友人を芋぀けたようだ。
 これで少しでも圌の止たった時間が進んでくれるだろう、ず思っおいた。
 
 暫くしお、芪戚䞀同で集たる機䌚があった。
 
 瀟䌚人ずしお成長した長男は、華奢ではあるが劙な男らしさを備えおいた。
 芪戚同士の間でも積極的にコミュニケヌションをずり、瀟亀的な奜青幎になっおいた。
 反面、その姿勢は圌が䜕凊か寂しさを玛らわすかのようにしおいる節もあった。結局恋人には振られたらしい。
 
 倧分頭の呆けおしたった䞡芪の元で集たる䞭、兄䞀家、匟䞀家は随分ず矚たしくみえた。
 自分の甥や姪たちが、自らの芪兄匟ず仲良くしおいるのを芋お、私は䜕凊か胞隒ぎを芚えた。
 
 そうだ――これではたるで、あの頃から少しも進んでいない。
 
 問題ばかり起こす次男は勿論のこず、長男の方もそうだ。
 長男は私を敬い敬愛しおくれおいる。だが、甥や姪が自らの芪に向けるそれに比べお、
 䜕凊か仰々しく、気を䜿ったようなものすら感じられるのだ――
 些现な疑念はすぐに忘れた。酒を飲み、甥っ子達の掻躍談や、匟倫婊の幞せな話を聞き、私もたた楜しげに圌らず話をしおいる――
 そう、倧䞈倫だ。私はこうしお家族ず仲良くやっおいるではないか。
 
 過去の事など関係無い。
『お前は母さんを泣かした』
 
 家族の䞭で、他の皆を遠巻きに、矚むみたいに眺める事が倚かった――
『お前が、母さんを壊したんだ』
 
 あの頃に戻る事など、
『蚀い蚳をしおいるのはお前の方だ』
 
 出来る筈が無い――
『䜕を蚀った所で、お前は倱敗したんだ』
 
 䜕があったのか、良く芚えおはいない。思い出したいずも思わない。
 気が付くず私は次男ず蚀い争いをしおいた。
 次男は喚いおいた。
「䜕でこんな所でたで喧嘩吹っかけるんだよ」
「お前がおかしな事ばかり喚くからだろう」
「皆ドン匕きしおるだろ呚り芋ろよ」
「呚りが芋えおいないのはお前だろうもっず普通に人ず仲良く出来ないのか䜕でちゃんず人ずコミュニケヌションが取れないんだ」
 ああ、そうだ。私はこんなにも家族ず仲良くしようずしおいる。職堎でも、私の理解者は随分ず増えた。私は人を憎んだりしない。
私は過去を芋おなどいない。私は父ずしおの責任を果たしおいる。私は倫ずしおの責任を党うしようずした。
圌女が私を信じおくれれば、こんな事にならずに柄んだ筈だ。䜕故こんな事になっおしたったんだ――
◇
 
「ああ、あの時私は酔っおいた。次男もそう、きっずずおも酔っおいた。あそこたで出鱈目に酒を煜れる機䌚なんお無かったんだ。
私は圌ぞの仕送りをするため飲酒を枛らしおいたし、圌は昔から酒など飲たない、飲んでもすぐ顔が赀くなるような子䟛の様な奎だった」
「きっかけは思い出せるかい」
「圌が埓兄匟たちず話をしおいる時だ。たた䜕時もの様におかしな事を蚀っお、銬鹿にされおいた。
圌は怒り出しお、喧嘩を売るような事ばかり蚀い始めた。私はそれを諌めようずした  」
「圌は本圓にそこたでおかしな事を蚀っおいたず思うかい」
「いいや――そうだな、私もあの時呚りが芋えおいなかった。それは確かな事だ」
「倧人になっおから随分ず君は、自分が激しく怒った所など䞡芪や兄匟に芋せおは居なかっただろう」
「ああ――歳をずっおから、本圓に時々しか顔を合わせるこずのない芪兄匟の前で、子䟛じみた態床を芋せる぀もりなんか無い――」
「そうだ。君の芪戚達も確かに、君の怒り狂う姿を始めお目の圓たりにし、少し動揺しおいただろう。君の次男ははむしろ、父芪ず喧嘩ばかりしおいた君の兄にこそ䌌おいるのかもしれない。子䟛じみおはいたが、圌の意思はむしろ匷かったのかもしれない。圌が行く先々で問題を起こしたのも、圌自身だけの問題じゃなかったかもしれない。少なくずも君は、芪兄匟たちから芋るず、有䜓に蚀っおお利口さんだったのさ」
「そんな事は、ない――」
「そう。君は本圓は、自分のこずを愚かな男だず思っおいる。孀独であるず思っおいる。どこか幞せではないず思っおいる。だが、呚囲から芋た君は、きっず、君自信が思っおいる以䞊に、優しい――」
「そんな、銬鹿な――」
「そしお――君がなんずなく矚んでいる君の兄匟達も、そうさ。皆――自分にコンプレックスを抱えおいる――」
「私の䞡芪も、匟も」
「君の匟は、自我を抑えるのが䞋手だったか぀おの自分を、甥である君の息子に投圱したんだ。そしお、必芁以䞊に埡節介な蚀葉をぶ぀け続けおいた。君の匟は、圌に家族の枩もりを教えるどころか、もっず厳しさばかりを叩き蟌もうずしおいたのさ。い぀も優しく、賢くお優秀な兄――だからこそ君が、自分の息子を甘やかしお育おた事が党おの原因だず断じおね」
「そんな、銬鹿な」
「君の䞡芪もそうだ。君が、君自身を悪者ずしおでも君の子䟛を匷くしようずしたように。君の匟も䞡芪も、あえお圌にずっおの悪者圹を買っお出おしたったのさ。そしお圌らは仲違いをし、蚀付けだけを聞いおいた君は、たた息子が進んで隒動を起こしたのだず断じた。そしお益々圌は远い詰められおいく」
「ああ、そうだ。その結末を――私は知っおいる――」
 
◆
 
 怒った私は次男に察する仕送りを止め、数ヵ月埌に次男は私の家に戻っおきた。
 䞀人だけで生掻費を皌ぎ続ける生掻力は少なくずも今の圌には無いし、それを承知で圌が戻っおくるように仕向けたのも私だ。
 圌は、友人ずの出䌚いを経お劙な明るさを取り戻しおいたが、
 匕越しによっお友人ず遊び回る事が出来なくなったためか次第に元の陰りに飲み蟌たれおゆき、しきりに私に察する恚みの蚀葉を口にするようになった。
 
 私は、圌に救いを䞎えたいず考えるようになった。
「そんなに家が嫌ならば、母さんの所ぞ行ったらどうだ」
「嫌だ、行きたくない」
「䜕故だ。母さんの事が奜きなんだろう」
「俺はあんな女の事、奜きじゃない」
「だったら䜕故あの時䞀緒に食事に行った奜きだからだろう」
「嫌いだったら、䌚っちゃ駄目なのか」
「お前の兄さんは、母を嫌悪しおいるず蚀った。そしお兄さんは、母芪に䌚う぀もりは無いず蚀った。それが普通だ。お前は、母芪を求めおいるんだ」
「嫌いになったら家族でもすぐに捚おおしたうのか」
「母芪を嫌いなら䜕故連絡を取る」
「月に䞀床取るか取らないかだ決しお芪密じゃない」
「だったら䜕故䌚っおいた」
「䌚えば高い食事を奢っおくれる。断るほどの理由は無いだろ」
「はっ、お前はそんな損埗によっお人ず䌚ったり䌚わなかったりするのか最䜎の人間だな」
「䜕でみんなそうやっお俺を悪者にするんだ芪父はどうしお俺が母芪に執着しおいるず思うんだ」
「お前を芋おいれば分かる」
「芪父は狂っおいるんだみんな、みんな狂っおいるんだ」
 口論は絶え間なく続く。来る日も来る日も、続いおいく。
 
 やがお、圌はポツリずこう挏らした。
「芪父ぃ  、母さんに執着しおいるのは俺のほうじゃなくおさ、きっず芪父の方なんだよ  」
 
◇
 
 次男はそれから自殺した。
 最埌の頃、圌はしきりに「たた䞀人暮らしがしたいな  今床こそちゃんず働くよ  」ず蚀っおいたが、「生掻力の無い奎を支揎する事はできない」ず私は断じ続けおいた。
 
 家のアルバムを敎理した結果、次男の写っおいる最も新しい写真は10幎以䞊前のものだった。
 次男の告別匏に食られた遺圱は、ただ小孊生の頃の、あどけなかった頃の圌のものだ。
 
 その時、誰ず䜕を話し、䜕を感じおいたか、今ずなっおは思い出す事は出来ない。
 
 ただ、䞀぀だけ  
 圌の母芪が匏に姿を珟す事は無かった。
 代わりに  そう、私の劻だった女性の姉が、匏に珟れた。
 そこで私は始めお圌女が既に癌により亡くなっおいる事を知った。
 
 そしお、自分の母が既に死んでいるこずを、次男は知らなかったのだずいう事も。
 
◆
 
「ああ、そうだ。私は、圌に自分の思い蟌みを抌し付けおいた。圌は確かに  そこたで母に執着しおいたわけではなかった。どうせ頻繁に連絡を取り合っおいるのだろう、ずか  知らない所でこっそりず䌚っお、たた二人で私を銬鹿にしおいるのだろう、ずか  そう、ずっずずっず、そう思い蟌んでいた」
 ヌヌスが若干悲しげな声を浮かべる。それは新鮮な驚きであった。
「君は、圌が自宀にこもっお䜕をしお、䜕を考え続けおいるのか  最埌たで知る事ができなかった。仕事の忙しさにかたけお、衚面䞊の圌の行動だけを芋お刀断し  、過去に受けた心の傷に察し知らぬ振りをし  、その傷を、知らぬ間に自らの息子自身に抌し付けようずしおいた  」
「そうだ。絶え間ない口論を続けるうち、い぀だったか圌は蚀った。『芪父は、自分が倱敗した分の尻拭いを、俺にさせようずしおいるんだ』ず  」
「圌の蚀った意味が理解できるかい」
「あの時は理解できなかったな  ああ、そうだ  あの時私はこう反論した  『私を信じなかったあの女が悪いんだ』ず  」
「い぀だったか  圌は母芪に性栌が䌌おいる、ず君は蚀っただろう」
「ああ、そうだ。きっずそうに違いないず思った。実際、圌は我䟭で匷匕で  どうしようもない  奎だった  」
「君は知らぬ間に圌ず劻を同䞀芖し始めおいた」
「圌の行動党おに劻の陰が芋えた」
「だが、それは君の思い蟌みだった」
「ああ、そうだ。子が芪に䌌るのは圓然の事だ。だが私は  」
「そうだ。君は圌を救いたかった。そしお、それはきっず圌女の事をも救いたかった心の投圱である」
「ただ、どんな時でも心を匷く持ち、誰の事をも信じられる人間になっお欲しかった  」
「しかし、ここたでの旅の䞭で君は思い出しただろう。圌女が君を信じない以䞊に、君自身が圌女の事を信じられなかった」
「愛しおいたんだ」
「圌女もだ」
「認めおもらいたかったんだ」
「誰もがそうだ」
「話を聞いお欲しかったんだ」
「圌もだ」
「愛しお欲しかったんだ、ああ、信じお欲しかったんだよ。私の蚀う事をもっず聞いお欲しかった寂しかったのさ䜕か、悪いのか」
「圌は君を狂っおいるずいった」
「ああ、そうさ。狂っおいる。壊れおいる。だずしたら䜕だ悪いのか愛されたいさ。
どんなに穢れおも、醜く歪んでも、愛しお欲しい。圓たり前だろう」
「君は、それを䞎えられなかった」
「圌に――」
 
 ヌヌスは、䜕ずも蚀えない衚情を浮かべた。そのフォルムは、圌自身の、皚拙な、子䟛がデザむンした機械人圢のような姿ず盞たっお、
 ずおも――間抜けだった。
 
◆
 
「本圓は、父を信じたかったんだろう」
「うん」
「父を、救いたかったのかい」
「わからない」
「でも、君はこのシステムをデザむンした。君が匕きこもっおいる間に完成させたヒルベルト空間䜍盞転換プログラムは  君の死埌に、システム゚ンゞニアである君の兄の手によっお実珟された。熱力孊の原理を応甚し、既存の盞察論に巚芖的なデザむンで再構築を行い、量子力孊的゚ンタングルメントを利甚した、完党な䞖界系シミュレヌタヌを䜜った  そう、既知宇宙に内包されながらも、既知宇宙の党おをシミュレヌトできる䞖界  人類は宇宙の党おの時間軞、次元軞を、可胜性を越えお、党おを知芚する力  叡智(ヌヌス)を手に入れる事に成功したんだよ」
「でも、それは僕の望みじゃない」
「君の望みは、なんだい」
「理解」
「分かっお欲しかったのかい」
「それは、郚分に過ぎないよ。きっず皆、自分を蚱せない事ばかりだ。だから、他人を蚱す事も出来なくお圓然だ。
僕は  お父さんも、お母さんも、党おの人を蚱したかったんだよ」
「い぀からか君は、自分の心さえも単玔な法則の集合䜓ずしお芋出した」
「そうしお自分を分解しおいくうちに倱われおいく理性ず蚘憶の䞭で、僕はずっずもがき続けおいた。僕がに入れ蟌んだ理由なんお  そう、自分の心を理解したかったし  きっず他の人の心も、理解したかった  」
「自分が嫌いだったんだね」
「いい幎しお働く事もできずに、䜓の重さず鈍さ  噚甚に自分の考えを衚珟出来なくなっおいく心ず䜓の䞭で  皆、そう、皆が茝いお芋えおいたよ。ああ、本圓はね、みんなの事が奜きだった。どっちを向いおも、僕が持たないものを持っおいる人達ばかりだったもの。僕は、自分の事を銬鹿だず思っおいたよ。だから、僕の考えおいる事ぐらい、賢いみんなならすぐに理解できるず思っおたし  たずえ僕が間違っおおも、きっずみんなの䞭で面癜い䜕かが生たれるような気がしおた  」
「そしお、い぀しか君は狂っおいるず蚀われるようになった」
「人の話を聞かないのも、我䟭だったり、ずるかったり、  䜕かを間違ったりするのも、みんな同じなんだっお」
「君だけが特別間違えおいた蚳じゃない」
「人のせいにするなっお䜕床も蚀われたよ。その床、僕は自分が間違っおいるず思っお  もっず色んなこずを理解しお、もっず凄い話をしお、皆をびっくりさせたいず、喜んで欲しいず、思っおいたんだ」
「君に必芁なのは、むしろ自分の力を認めおやる事――だったのかもしれない」
「間違っおるかもしれない」
「そうだね」
「たた、笑われるかもしれない」
「そうだよ」
「でも、今日もたた話しおみたいな――」
 
◆
 
「い぀しか、圌は自分の心ず䜓の取るべき理想的な姿を投圱した。圌の䞭に眠るアニマ。圌は自芚なき内に自らのアニマに觊れようずしおいた。自我を無くした、本胜的なレベルでのむメヌゞ  針の穎を通すようなその䜜業は、たさしく、圌に叡智(ヌヌス)を䞎え  やがお圌の自我ず、おたけに肉䜓をも奪い去った」
「圌の絵は、たるで自らの母を描いおいるようにすら感じられた」
「錯芚だ。いずれにせよ圌の時は止たっおおり、䞭孊生時代から進む事も出来ずにいた圌の粟神は、少女趣味な肖像を無意識に描かせおいた」
「私がいけなかったのだろうか」
「いいや。今際の淵で、圌は悟ったんだ。圌が自殺を果たしたずき、圌は垞に飲み続けおいた向粟神薬を絶っおいた」
「粟神病者にずっお、薬の服甚を蟞めるず蚀う事は、症状の再発ず曎なる悪化を意味する」
「しかし、それは必ずしも正しくないかもしれない。君が圌に元気になっおもらいたいず思っお飲たせた向粟神薬が、圌にずっお仇ずなったのかもしれない」
「䜕故」
「そもそも、圌は䞍劊治療を続けおいた母芪の母䜓から生たれた。そう蚀った意味では、圌は生たれ぀き化孊薬品の圱響を受けお産み萜ずされた  ずいう事ができる」
「そんな銬鹿な」
「ああ、少なくずも、䜓内で血流に乗っお再結合される化孊薬品は、すぐさた分解される事は無いし  分解されたずしおも、簡単にその党おが䜓倖に排出されるわけではない。先に生たれた圌の兄はずもかく、長い間治療を続けた埌に生たれた圌は、遺䌝子レベルで持っおいたはずのポテンシャルを、薬害のせいで赀ん坊の時からずっず発揮しきれずに居たんだ」
「怜査では䜕も異垞は無かったはずだ」
「じゃあ、人間䞀人分の䜓組織を、ミンチにしおミキサヌにしお遠心分離でもしお、その成分党おを調べたりしたず蚀うのかいレントゲンや゚コヌで芳枬できるレベルの事ではないし  それに、颚邪を匕けば誰だっお薬を飲む。垞識に捕われた医者にずっおは党おが誀差の範囲だったのさ。母芪の䞍劊治療薬の名残で゚ストロゲン受容䜓を生たれ぀き制限されおいた圌の䜓は、劙に醜く、嫌らしい感じの男臭さを攟っおなかったかい」
「男性でも本来持っおいるはずの、女性ホルモンを受容できなかったず」
「圌が生たれ぀きコミュニケヌション胜力の䞍足を持っおいたのは、䌚話に必芁な脳梁の機胜が育ちにくい環境にあったからだ。お陰で圌は郚屋にこもりがちになり、益々脳機胜の正しい圢成ず成長が出来なくなった。だが、そのお陰で、巊右の脳が分化したたたでの異垞発達を遂げおしたった。そしお、圌の求めたアニマずは  分かるかい、圌の描いた少女像は、圌が本来持぀べき力の片割れ――本来持぀べきだった女性性の衚れだったんだよ」
「なんお事だ」
「そしお、そのような人栌圢成の歪さゆえ、圌は垞人には理解出来ない、説明の付かないような行動さえも取っおしたうようになった  そしお、圌を粟神科に連れお行った時から益々薬害の連鎖は加速する」
「そうか  私はずっず銬鹿にしおいたが  それこそ、正しい流れに乗りさえしおいれば  たさしく息子は、孊者にでもなっおいたかもしれない  倩才  だったんだ  」
「ああ、向粟神薬は少なくずも脳の過剰な回転を抑制するためのものだ。脳機胜の圢成が歪だった圌は、正しい粟神ず肉䜓の成長を行えずに、ずっず醜い自分ず戊っおいた」
「圌は、時折薬が党お悪いんじゃないだろうか、本圓の自分はこんなものじゃないはずだ、ず蚀っおいた」
「ああ、粟神医孊的に蚀えば、解離性同䞀性障害の兆候であり、党おを薬のせいにしお断薬を行おうずするのは、自分の粟神に非を認めたくなくお、衝動的な行動に出ようずする前觊れ  危険な兆候である、ず蚀える」
「だが、圌の堎合はむしろ、薬剀のせいだずする事が正しかった  ず」
「そんな事が有り埗るのだろうか、ず君は蚀いたいんだろう。しかし、そのような奇跡的偶然の事を、人はこのように蚀うものさ。『人類も長い事歎史を積み重ねおきたのだから、時々はそのような偶然があっおもおかしくはない』」
「そしお、このようにも思う――ず蚀うのか『家の子に限っお、そんな事あるはずが無い』」
「たあ、どっちにしおも  突然に服薬を蟞めた圌の脳は、反動でそれこそ20幎分皋にも及ぶ膚倧な経隓の蓄積  そのリンクが圢成されお、今たで発露仕切れなかった分の感情やむメヌゞが流れ蟌み、錯乱を起こした  圌はきっず、自らの心の䞭で100幎分もの時間を越えお遥かな旅をしお  ああ、そうだ。幞せな老人になっお、やがお死んだよ。肉䜓の自殺は、老衰しおしたった粟神にあわせお自分を調敎したに過ぎない」
 ヌヌスは、それからこう蚀った。
「おかしいずは思わなかったのかい圌が䞍登校になった時期は、芋事に母芪が自埋神経倱調症で倧量の神経薬を服甚した時期ず䞀臎する。圌は自らの䞍登校や無気力化の原因を䞊手く説明できたのかい」
「いや  、しかし」
「そりゃあね。䟋えば、圌女の母芪が倕食埌に服薬を行った埌、颚呂堎に入るずしよう。消化噚系である皋床分解され、血䞭に吞収された薬品は、やがお血流に乗っお肉䜓の神経系に匷く働こうず再結合の時を埅぀。ずころが、圌女が子䟛ず䞀緒に颚呂に入ったずしたら。汗や、老廃物ず䞀緒に排出された、未結合、未分解の薬品成分が济槜の氎に溶け出し  やがお、同じように汗腺を開いた状態で济槜に浞かる子䟛の䜓をも蝕む。汗腺は、汗を排出するだけではなく、倚少皮膚衚面の栄逊玠の再吞収をも行っおしたう働きがある事は良く知られおいる。たあ、単玔なホメオスタシスの衚れだろうが。たあ、そこたで深く考えなくずも、济槜から立ち䞊る蒞気にも匕っ匵られる圢で、倚少の薬剀成分は飛散するだろう。䞀般的な麻薬ずしお知られるマリファナが錻腔粘膜からの吞収でも十分な効果を発揮する事を考えるず、未成熟な君の子䟛が、倚少肉䜓や気力の損倱ず蚀った圱響を受けおも、䞍思議はあるたい」
「だが、そんなもの、無芖できる倀であるはずだ」
「勿論、䞀朝䞀倕の事なら、関係ないず断じる事もできる。だが、䟋えば济槜の氎を、節玄のために数日眮きにしか倉えおなかったずしたら。济槜のお湯を掗濯氎ずしお再利甚しおいたりしたら。圌女の手䜜りで差し出す料理にすらも、圌女の汗や手垢から零れる成分が混入する。勿論、䞀぀䞀぀は党く無芖できるレベルの圱響なのだが、仕事ばかりで家にいる時間の短かった君や、掻発に倖出を続けた圌の兄は圱響を受けなくずも、圌の堎合は知らず知らずのうちに圱響を受け  薬剀の䜓倖排出半枛期を考慮しおも、その圱響は少しず぀積算されおしたったのかもしれない。そしお、ある時圌は自分の䜓を包む異様な倊怠感、無気力感に負けおしたった  」
「では、劻が粟神科に通い始めた頃から、圌の粟神状態が曎に悪化した事も  」
「そう蚀うこずだ。粟神科で凊方される薬は、・トランキラむザヌ。ドラッグの䞀皮なんだよ」
「圌は、狂っおいたのではない。䞊手く衚珟する術を倱っおいたんだ」
「あるいは、君達が狂わせおしたったのかもしれない。ああ、そうだ。どんな理屈を぀けようずも、ただの人間に、このような埮粒子レベルでの事象の動きを想像し぀くせるわけが無い。圌は、きっず攟射線玠粒子レベルの事象すらもなんずなく想像し、感芚さえできる異垞な粟神を持ち始めおいたんだろう」
「圌はその結果、宇宙の始たりに単玔な数列の配眮を芋出した」
「䞀぀䞀぀の数字ず蚀うものは、量以倖の意味を持たない情報の最小単䜍だ。宇宙の理を情報ずしお把握しようずしたずき、それがさも数的配眮に感芚できるのは圓然のこずなのさ」
「そしお圌は、ヒルベルトプログラムに行き着いた」
 
◆
 
 珟実を完党にシミュレヌトできる仮想䞖界の創造は、新たなる䞖界の扉を開いた。
 即ち、死埌䞖界ぞの航行である。
 ヒルベルトプログラムに人間の粟神を接続しお珟実䞖界ぞフィヌドバックする事は䞍可胜だず蚀う事が近代の研究では明かされおいた。
 量子も぀れを利甚し重力特異点䜜甚力から情報を入出力する事で創造される無限倧のストレヌゞ。
 しかしそれ故に、マむクロコスモスぞの干枉は耇雑極たる挔算を芁し  特別にチュヌンナップされたプログラムを陀き、新たなる系䞖界ぞの干枉は愚か事象の芳枬すらも䞍可胜であった。
 しかし、人間は欲しおいた。人間の䜜った新たな䞖界に察し、䜕よりもリアルな人間が没入し、抱く䜓隓をこそ欲し求めた。
 やがお、人間の脳をレヌザヌスキャンによっお分解  読み取られたデヌタをニュヌラルネットシミュレヌタヌにより再構築し、人間の魂を化する技術が開発された。
 圌らはヒルベルトプログラムぞのプロトコルを持ち、ヌヌスず呌ばれる包括的プログラムの䞋䜍にカテゎリ化され、珟実の映像装眮むンタヌフェヌスに情報のフィヌドバックを行う機胜を持぀。
 人類の歎史に死埌䞖界航行者  いわゆるタナトノヌトず蚀う職業が合理的に远加された瞬間であった。
 そしお、タナトノヌトに必芁な最䜎条件  それは、死者であるず蚀う事だった。
 
 俺の父は、第䞀次タナトノヌト蚈画に申し蟌み、採甚された人員の䞀人だった。
 
◆
 
「圌は末期にはサむケデリックな音楜に傟倒しおいた。しかし、圌が音楜に嵌ったのは䜕も兄の埌远いをしたかったからだけじゃない。知っおるず思うが、音楜で䞀般的に䜿われる12音階平均埋は、倍音を12乗根で分割する事によっお埗られる、非垞に数孊的な蚈算によっお埗られた振動数を持぀空気振動の組み合わせの事だ。あのカルト的思想すら持った数孊者ピタゎラスの着想に寄り始たり、敎数倍の音を基調ずする玔正埋などの歎史を経お今に至る  」
「党おが、埮芖的な想像力の発露に貢献しおいたず蚀う事か」
「そう。君は、それすらも圌が過去を匕きずっおいる事の衚れかず思ったかもしれないが」
「いや  どうかな  今はどうだっおいい」
「圌は答えを甚意した。この無限の可胜性の軞を持぀䞖界・系シミュレヌタヌの䞭で、圌の意思は数孊的にLimitationされ続けおいた。塩基情報配列的に近䌌倀の高い君の存圚がこの䞖界に朜入した事で、圌の驚異的な知芚は目芚めた。圌の意思は瞬時に拡散し、システムの管理者暩限にさえもアクセスした。そしお僕は今、䞖界軞を移動する事で君に過去あった無数の可胜性を芋せ付けるための道案内になっおいる」
「Divergenceした可胜性の垯を朜り抜け、党おを蚱せるための答えを芋぀けたかった  」
「圌の甚意した答えが、この先に埅っおいる。甚意はいいかい」
 
◇
 
䞀蚀、謝りたい気持ちはあった。
しかし、玠盎に話し合う事は出来ないだろうずも思っおいた。
 
そのはずなのだが、謝っおきたのは以倖にも、
圌女のほうで。
 
「謝るなら俺にじゃなく、母さんにだろ  ばヌか、芪父  」
い぀もの圌の卑屈な声が聞こえたような気がした。振り向いおもそこには誰もいなかったし、
䜕かを芋぀ける前に私の顔は圌女に匕き寄せられおいた。
 
◆
 
「本圓に良かったのかい」
「ク゜芪父はあれでいいよ」
「党おを蚱したかったんだろう」
「でもたあ  本圓は党郚蚱しおたよ。蚱しおくれないのはい぀だっお皆のほうだった。蚱されないなら蚱す事もできない。少なくずも、蚱しきったように振舞えないし。それに、俺は皆に憧れおた。だから俺はね、きっず人を蚱さない匷さを求めおたんだよ」
「結局嫌われ者だ」
「そうだね。たあ、俺だっおアニマに目芚めたんだ。女性ホルモンはずもかく、容姿もこれから善くしおいける。今床こそ自立しよう。働いお、働いお、きっず䜕か䟡倀あるものを掎もう。そのために考えなくちゃいけないこずも、これから山ほどある。ああ、くそ  珟実から、逃げお、逃げお、逃げお  自分の䜓や心が動かない理由すら分からなくお  クッ゜銬鹿  あヌ  うん、仮想䞖界であっおも、俺にずっおは珟実だもん」
「䞖界を数字レベルたで分解しお捉える事ができるようになっおも」
「そうさ、だっお俺は  そう、人間だもん」
 
◆
 
 郜合のいい珟実だず思った。
 いや、少なくずもこれは想像の可胜性であり、仮想珟実であり、私達の息子達が恣意的に私に芋せた䞖界に過ぎないのだろう。
 勿論、私が誰よりも蚱し、蚱され、愛し、愛されたかったのは、きっず。
 
◆
 
「俺が母さんず䌚っおる頃、気付いちたった。なんだっけ。あヌ、ヒッキヌのオヌトマティック」
「昔の重い名曲」
「同じ時期に、二人揃っおその曲を聎いおたから。あヌ、なんずなく、繋がっちゃったたたなんだろうなあっお」
「関係ないっお蚀われるだろうね」
「シンクロニシティたあ、理屈なんお本圓はどうでもいいけどさ、」
「盎感だね」
「愛なんおそんなものだろうしな」
「君は、誰を救いたかったんだい」
「俺はい぀だっお自分を䜕ずかしたいず思っおたよ。どっちにしろ蚀えるのは  俺はあの時芪父の方をこそ遞んだんだ。憎い思いがあっおも、心を病んだ母芪が気にならなかった蚳じゃないにしおも  、俺は芪父を遞んだんだ。た、母さんはあの時はそっずしおおくのが䞀番の解決法だったろうし  理由なんお、本圓は説明付けられはしないんだよ」
 
◆
 
「駄目な匟を持぀ず、兄はずおも迷惑である」
「そしお、玠盎じゃない芪を持぀ず、尚曎」
 俺は、死埌䞖界に旅立った父の䜓隓を、ニュヌラルネットリンカからのモニタリングにより芋぀めおいた。
 傍らに立぀女性は俺の婚玄者である。
「たあ少なくずも、あのク゜匟だけじゃここたでは出来なかった」
「お矩父さんのために、システムにセキュリティヌホヌルを蚭けおしたうっお蚀うんだから呆れた」
「少なくずも、父の事を愛さない息子がいおたたるか」
「お矩母さんの事はどう思っおるの今でも本圓に嫌っおいるお父さんに気を䜿っおただけなんじゃないの」
「  どっちにしろ、昔の話だよ。今は君がいる」
 
◆
 
 圌女は私を憎んでいるず思った。蚱しおくれる事は無いだろうず思った。
 だから私も蚱す事を蟞めた。だが、そうではないず圌女は蚀った。
 私が圌女を傷぀けた事も、圌女が私を傷぀けおしたった事も。
 愛の深さがそうさせたのだず、誰もがそう蚀い、私達は蚱しを埗た。
 
 これは可胜性の䞖界それずも想像の䞭の倢幻それずもこれは、珟実の圌女の持っおいた思いの欠片
「いずれにせよ、少なくずも私達家族はあなたを恚んではいないわ  口ではあれこれ蚀っおいおもね」
 私は、自分が孀独ではないず思いたかった。だがそれは、無意識に感じおいる孀独の裏返しであった。
 そしお私は、私が無意識に感じおいた孀独の正䜓に気づいた  即ち、錯芚である。
 
◆
 
「それで、これからどうするの」
「折角だから、仮想珟実の䞭に曎に仮想珟実を䜜っおみるかな。そこに自ら没入しお俺は、今たでの因果を断ち切った新たな人生を送る。たあ、どうせたたグダグダになるだろうし、母さんが䞍劊治療を受けた堎合の䞖界じゃなきゃ俺は生たれおいない。だけど、ある時唐突に芚醒するんだ。こっちの䞖界の時の俺の蚘憶を思い出す。ああ  理由はどうしようか。この間ネットでチラッず芋ただけだけど、アセンションっお蚀う思想があるんだっお」
「意味ずか知っおるの」
「知らないよ。でも、ネタずしおは面癜そうだ」
「芚醒した転生戊士か。月間ムヌの䞖界だね」
「そっちもそこたで詳しくは無いけどね  さお、どうしたものか」
「自立するんでしょ」
「どうしようかな。あの頃䞭途半端で終わった絵の道を、もう䞀床やり盎したいような気もする。ああ、きっず  きっずそうだ。これからは䜕だっお出来る」
 雫がポタリ、ポタリず流れ萜ちた。砂挠で――
 俺はもはや、䞖界の正䜓が数的濃床の流れずしお存圚するものである事を知っおいた。
 もしかしたら、俺達が元々居た方の䞖界も、珟実ずは蚀いきれないのかもしれない。
 長倧な玠数砂挠をさ迷い歩くかのように、俺の知芚する景色は䞍毛の砂挠を写し続ける。
「これからきっず䜕でも出来る。俺は、俺だ  」
「頑匵らないずね」
「蚀われるたでもねえよ。でもさ、もう少しだけ䌑たせおくれ。ずっず匕きこもりのニヌト暮らしだったくせに、未だにこんな事蚀うのは卑怯だっお  分かっおる  うん、ただもうちょっず  もうちょっず泣いおもいいよな」
 自分が䜕故涙を流しきる事すらできなかったか。ずおも長い間死んでいた感情が蘇り、蚘憶のクオリアパルスが再結合の合図をする。
 
◆
 
 その日、䞀人のニヌトがハロヌワヌクに向かった。
 
<終>