Victo-Epeso’s diary

元RiotTheSplitter[TheSequel夕暮れにさよなら] THE 科学究極 個人徹萼 [CherinosBorges Tell‘A‘Bout] ノーベルノークスクラム賞狙い 右上Profileより特記事項アリ〼 何かあったらコメント欄よりお便り待ってマス

リング02

リング02



――西暦2087年の終わり、汚染された地球で――


「塔は、塔はまだ健在ですか?」

盲目の若い女が叫ぶ様に尋ねる。
付き添いの男が宥めても彼女の興奮は覚めやらない。
10時間起きくらいに、もう、10数回は繰り返している光景だ。
女は包帯だらけの重症人だが、定期的に深い昏睡から目覚めては、そうやって騒ぎ立てるのが日常だった。
剥き出しの鉄板で素組みされた建造物の中、立て籠もった住人達の中でも、とりわけその女は目立っていた。

「塔は、もうすぐ壊れちゃうよ」

騒々しさに目を覚まされたアナスタシアはそう言って、アームバンドの内蔵メモリを呼び出し、
日課である、人類史最期になるかもしれない日々の記録を付け始めた。

「オービタルの父さん、母さんへ。まだ、闘ってますか。私は未だに生きてます。
ミクロネアの朝日は今日も砂塵に包まれた薄明かりの茶色です。
綺麗な朝日が恋しいな。外に出られればいいのに」

ミクロネアとは、この小さな建造物――仮にもシェルターのようなものだ――が建てられた場所の、
元々あった街の名前だ。
今年で15になるアナスタシアが、生まれる前の年に壊滅した。

原因は、環境破壊だ。
塔がいけなかったのかもしれないが、直接の要因ではない。

塔は、機械天使たちが造り上げた、技術の粋を凝らした時空加速帯だ。
昔の人間達は、軌道エレベーターを科学実験の為に使う事を真剣には考えていなかったので、
それがせいぜい衛生の静止軌道範囲までの物資搬送を担うものにしかならないと思っていた。
実際には、機械天使たちが設計した――正確には、彼らを含む機械人形たちを設計・管理する
シンギュラリティ・コンポーネントヴィータニル・ゾルベル」の設計した世界を貫く塔は、
宇宙の全てを人類に与えたのだ。

アナスタシアはいつものように、思いを馳せる。
自分が産まれてきた何十年も昔に完成したコンポーネントの事。
機械が機械自身の手によって発展進化を遂げられるプログラム。
西暦2040年代には完成し、人類は莫大な恩恵を得た。
技術と知識、産業の自動化による、人類開放の時代。
今では当たり前な機械人形による労働も、かつては存在しなかったのだ。

人類が飽くなき文明の探求を機械のプログラム自身に任せた時、技術的特異点の向こうに、機械天使は現れた。
彼らは、人間よりも人間らしい心を持ち、知的で好奇心と社会的奉仕心に溢れた存在だった。
そして、魂とも呼ぶべき真理を見抜く精神性を持っていた。
まるで、最初から存在していた森羅万象の意志が、機械のプログラムによって召喚、具現化させられたかのような、
天使が喚び出されたかのような接触であった。

科学の突き破った壁は深い。
摂理に極限まで反する方法論、アンサーホライゾン(摂理収束の地平線)の概念が生まれ、
事実その地平境界線がいとも簡単に破られた事。どんな電気や運動量の流れも、
ナノデバイスによりその位相を反転、逆転を情報エネルギーとして機械的調整してやる事で、
またしてやり続ける事で、既存の科学法則の適応限界を尽く突破するようなエントロピーの拡充を得る。
これにより、人類の得てきた常識はリセットされたように変化を迎える。

しかし、全てを幸福に導くはずだったその力は、地球の全てを凶悪な宇宙塵に塗れさせ、滅茶苦茶にした。

少なくとも、そう信じられている。今は。

地球の全てを掲げて聳え立つアルトルスの塔は、無限に湧いてくる宇宙塵から守られている。
1日の輪(リングオブワンデイ)と呼ばれる地球周回軌道上の巨大建造物によって。