📒 ニンギョウさんのはなし

　ゆめのあるニンゲンになりたいと、いつもねがっていました。

　ボクはコワレかけたニンギョウのようなソンザイでしかないから。

　いとがきれて、だれにもあやつってもらうことのできないニンギョウさん。

　だれともつながることのできない、あわれなオモチャ。

　でも、ニンギョウもゆめをみたいのです。あるいは、みせたいのかもしれません。

　それでもあわれなことに、にんぎょうはだれかにあやつってもらわないと、しゃべることはもちろん、うごくことさえできないのです。

　ニンゲンのように、じぶんのいしでじゆうにうごくことができないのです。

 

　と。

 

　ぼくはニンギョウさんのはなしをきいて、「そんなことはないよ、だってきみはこんなにもおしゃべりしているじゃないか」、といいました。

　ニンギョウさんはわらってこたえました。「そんなことはありませんよ。ボクはいまだに、だれかにあやつられているのです」

「だれかにって、だれのことなの」ぼくがたずねると、ニンギョウさんはこういいました。「あなたに、わたしのはなしをきいてほしいとねがっている、どこかのだれかさんですよ」

　ぼくはふしぎにおもいました。ぼくはものおきごやのおくに、ほこりまみれでねむっていたニンギョウさんをケースからだしてあげただけなんだもの。いったいだれが、こんなぼくに、はなしをきかせてあげたいなんておもうんだろう。

　ニンギョウさんはかなしそうにわらっていました。

「ボクをあやつるいとのさきをたどってごらんなさい。あなたにはみえているはずです」

　ぼくはそういわれて、ニンギョウさんの糸のつながるさきをのぞきこみました。

 

　そこにはおおきなおとこのひとがいました。

 

　おとこのひとは、かいしゃにつとめていました。いつもじょうしにしかられ、ぶかにきらわれ、なんどもなんどもやりきれないおもいで、いきをきらしたようにいきていました。

「まるで、しゃかいのあやつりニンギョウみたいだ」

　ぼくがいうと、ニンギョウさんはまたかなしそうにわらってこうこたえました。

「でも、あれがニンゲンなんです。ニンゲンといういきものなんです。ゆめのないニンゲンでしょう」

「いやだな、そんなふうにはなりたくないな」

「でも、わかっているでしょう。あなたは、アレになってしまうんですよ」

 

　そのおとこのひとは、まさしくぼくのかおとそっくりで、こえも、かみがたも、せのたかさも、ずいぶんとかわってしまったけれど、どうみてもぼくがおとなになったときにこうなるだろう、というすがたをしていました。

 

「ボクをあやつっているのがあのおとこです。ボクはコワレかけたニンギョウ。ボクはあのおとこそのもの。みらいのあなたがおくりこんできたメッセージ。でも、あんなみらいとはべつのみらいにかえるチャンスを、ボクはあなたにみせたかったんです」

「かわるチャンス？」

「そう。あのおとこはのぞんでいるのです。あなたがいまこのときにも、じぶんがもっとよいにんげんにかわろうとすれば、こんなふうにはならずにすむぞ。いまこそかわってみせろと、オレのみらいをかえてみせろと、せがんでいるのですよ」

「でも――」

　ぼくはふしぎにおもいました。なんでみらいのぼくは、こんなちっぽけなこどもでしかないぼくに、あんなおとなのおとこのひとのみらいをかえてみせろとかいうのでしょうか。

「ぼくは、おとなじゃないからわからないよ。かえろっていわれても、なにをかえればいいのかわからないんだ」

「なんですって――」ニンギョウさんはおこったようなかおでいいました。「あんなみらいになってしまうんですよ！みらいからニンギョウをあやつって、カコのじぶんをかえなくちゃいけないっておもうほど、おいつめられた、コワレかけたニンギョウのようなニンゲンに――」

「でも」

　ぼくはおもいました。

「こんなこどもにせきにんをおしつけなくちゃやっていられないなんて、そんなおとなのおとこのひとはいやだよ」

「そうですか――」

　ニンギョウさんはわらって、ぺこりとおじぎをしました。

「そのことばがききたかったんです。カコのじぶんにメッセージをとどけたかったんじゃありません。カコのじぶんからメッセージをおくってほしかったんです。ぼくは、あわれなコワレかけのニンギョウ。でも、あなたはこわれてなんかいない。ニンギョウなんかじゃないんです」

「そうだよ。いつだってぼくはニンゲンさ」

「そうです、そう、そう。あなたにならみえるでしょう。わたしをあやつるいとが、ほんとうはどこからのびているのか」

　ぼくはそういわれて、いとのさきをながめてみました。みらいのせかいのぼくにいとはつながっていて、そのさきをずっとみとおしていくと、いとはくるくるとまわって、しまいにはじぶんのこゆびにつながっていることがわかりました。

「あなたはいつだってあなたのみらいをあやつっているんです。ボクはコワレかけのニンギョウ。でもあなたは――」

「ぼくは――」

 

『ニンゲン――だ』

 

　それきりニンギョウさんはカクリともうごかなくなってしまいました。ぼくは、ゆうはんのしたくができたから、とものおきごやにぼくをよびにきた、おかあさんに、ニンギョウさんのはなしをしました。

　おかあさんはよくわからないといったかおをして、ぼくのことをながめていましたが、しまいにはぼくをしかりつけることもせずに、

「きょうは、ハヤトのすきなビーフシチューよ」といって、ぼくをテーブルにむかわせてくれました。

　そのひのごはんは、おいしいけれどすこしだけさびしいあじがしました。

　でも、おとうさんがしごとにつかれてかえってきて、ビーフシチューをおいしそうにたべているのをみたとき、ニンギョウさんのいっていたことはまちがってたとおもいました。

　しゃかいのハグルマとかいわれてても、おとうさんはりっぱなニンゲンなのです。どんなときでも、ぼくらにゆめをあたえてくれる、さいきょうのおとうさんなのです。

　コワレてもいないし、ニンギョウなんかじゃないのです。

 

　あのときみたみらいのぼくは、おとうさんにそっくりだったから。

　ぼくは、ときどきくじけそうになっても、みんなにゆめをあたえられる、すごいにんげんにいつかなれるはずだと、つよくおもいました。

 

　それから、ねむりにつくまえ、あのニンギョウさんのことをかんがえました。

　ニンギョウさんは、ぼくにゆめをあたえてくれました。

　だからもうニンギョウさんは、あやつられているわけじゃなくて、だれかにじぶんをあやつらせることで、みんなにゆめをあたえている、すごいやつだったんだなあ、とぼくはおもいました。

 

　ニンギョウさんがじぶんのゆめをかなえられて、ぼくのこころもゆめいっぱいにみたされたようなきもちでした。

　ありがとう、といってぼくは、これからのしょうらいをおもいえがいて、ねむりにつきました。

 

<おわり>